「世界一大きな問題のシンプルな解き方」:貧困をなくすための小さな技術革新

ポール・ポラック氏の著書『世界一大きな問題のシンプルな解き方』の書評。貧困をなくすための鍵は、貧しい人々が自らお金を稼ぐ仕組みを作ることだと説きます。大規模で高価な技術ではなく、ドリップ灌漑や足踏みポンプのような安価でシンプル、かつ拡張性の高い「小さな技術」の導入が、零細農家を起業家に変え、貧困脱出の好循環を生むと論じます。

「世界一大きな問題のシンプルな解き方」ポール・ポラック著
2011年08月14日

日経新聞8月14日21面より

小さな技術で貧困なくす方法  同志社大学教授 峯陽 一

貧困層を巻き込む「BOPビジネスの指南書である。平易なマニュアルのように読めて、著者の人生観まで伝わってくる良書。

世界の貧民の大部分は農民である。その圧倒的多数は、狭い土地を耕す零細農家である。貧困をなくすための努力は、農村の現場に行って、農民たちの話しを聞くところから始まる。

どんな努力が必要になるのか。著者によれば、貧しい人たちが自分でお金を稼げる仕組みを考えることが何よりも大切だ。農民たち自身が起業家となり、お金を稼ぐようになったら、教育や健康にも投資し始めるだろう。こうして脱貧困の好循環が生まれる。

では、どうやったらお金を稼けるのか。筆者によれば、技術革新が鍵である。ただし、必要なのは大規模で高価な技術ではなく、超小型で、低価格で、無限に拡張できる技術だ。水がしたたるドリップ灌漑に、足踏みポンプ。農民は乾期にも多種多様な野菜を栽培し、市場に出すことができる。

国富の前提は農村を豊かにすること、そして現場で付加価値をつけることである。安価な労働を利用する適正技術の具体例が、ネパールを中心に詳しく紹介される。イノベーションが細部に宿ることを実感する。

農村やスラムの数億人の貧民が金を稼ぎ始めたら、巨大な市場が成立する。しかし、世界の有力企業や研究機関は、相変わらず一握りの先進国の高所得者を念頭に置いて、商品をデザインしている。未来はそこにあるのか。

著者の家族はホロコーストの生き残り。国家統制への嫌悪感には亡命ユダヤ人的な背景が感じられる。著者自身は、もともと精神科医だった。貧困削減のシンプルな処方箋に到達するまでには、多くの試行錯誤あっただろう。

昨今の日本では、国策としての電力インフラの議論が盛んである。今は必要な議論であるにせよ、かなり息苦しい。苦難から脱出するには一人一人の民の創意工夫が大切であり、社会と企業の分権的なデザインが必要である。

こうした本書のメッセージが、あらためて胸に響く時代になってきた。

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