ブローチが物語る外交術—オルブライト元米国務長官のブローチ・メッセージ戦略
ブローチにメッセージを込めて各国の首脳と渡り合った、元米国務長官マデレン・オルブライトのユニークな外交術を振り返ります。サダム・フセインとの「ヘビ」をめぐるやりとりから、ロシアのプーチン大統領を激怒させた「3匹の猿」のブローチ事件まで、彼女のユーモアあふれる、しかし時には危険な外交戦術の真実を語ります。
3匹の猿がプーチンを怒らせた…Newsweek8月10,17日号より
2011年08月15日
外交術 ブローチにメッセージを込め各国トップと渡り合った日々
マデレン・オルブライト(元米国務長官)
アメリカの外交官のトップに立っていたとき、私はとてもひどい過ちを犯した。その経緯はこんな感じだ。99年、ビル・クリントン大統領とウィリアム・コーエン国防長官と私はNATO(北大西洋条約機構)創設50周年を祝った。
記念に写真を撮ることになり、3人でおどけて「見ざる言わざる聞かざる」の3匹の猿のポーズを取った。それで思い立ち、3匹の猿のブローチを買いに行ったのだ。
1年後、クリントン大統領と私は会談のためモスクワを訪れることになった。私は当時、チェチェンにおけるロシア軍の残虐行為に愕然としていた。邪悪だと思った。そこでロシアのウラジーミル・プーチン大統領との会談の場に、3匹の猿のブローチを着けていった。
私かブローチに自分の気分を代弁させるようになったのは、国連大使時代からだ。国連は当時イラクに経済制裁を科してお
り、私はサダム・フセイン大統領への非難の気持ちを常に示すよう指示されていた。
するとフセインはイラクの新聞に詩を掲載して私を「希代のヘビ」に例えた。ちょうどヘビのブローチを持っていたので、それを着けることにした。理由を聞いてくる報道陣には、「サダム・フセインが私を希代のヘビに例えたから」と答えた。
これに味を占めて、いつか使えそうなブローチを大量に買い込んだ。気分のいい日はチョウや花や風船のブローチを着け、悪い日は昆虫のブローチを着けた。例えばロシアの外交団と会談中に国務省内の会議室で盗聴器(バグ)が見つかったことがある。それで次にロシアの外交団と会談した際は巨大な虫(バグ)のブローチを着けた。
通じなかったユーモア
しかし猿のブローチを着けてプーチン大統領に会ったのは過ちだった。部屋に入るとプーチンはクリントンに向かって「いつもオルブライト長官のブローチに注目している」と言った。
それから私に向き直って「なぜ猿のブローチを?」と尋ねた。「あなたのチェチェン政策のせいです」と答えると、プーチンは激怒した。しまった、やり過ぎたと思った。
ありかたいことに、米口大統領の重要な会談には影響しなかった。私は謝罪しなかったが、ほどほどが肝心だということを知った。深刻な場面では、相手が同じユーモアのセンスを持ち合わせていないとジョークでは済まなくなる場合もある。