敗者競争の行方:伊藤元重教授が語る世界経済の構造的問題
2011年、当時深刻化していた世界経済の問題を、東京大学の伊藤元重教授が解説。ギリシャ危機、米国の景気低迷、日本の財政問題といった各国の状況を分析し、ソブリンリスクの危険性を指摘。政治のリーダーシップが問われる現状について論考する。
世界経済にとって、景気が回復軌道に乗ってくれるのが一番の良薬。…日経新聞8月22日19面より
2011年08月23日
伊藤 元重 東京大学教授
いとう・もとしげ 51年生まれ。ロチェスター大博士。専門は国際経済。
…前章からの続き。
世界経済にとって、景気が回復軌道に乗ってくれるのが一番の良薬である。経済が回復基調になれば、すべての厄介な問題を当面カバーしてくれるからだ。残念ながら、今の景気はそういう状況にはない。ギリシヤなどで始まった財政問題が欧州のより広範な地域に波及すれば、回復基調であったユーロ圏の経済の足を引っ張るだろう。
米国の景気先行きにも悲観的な見方が多い。大統領選を控えて、大胆な経済政策を打ち出すことは難しい。頼みの綱は金融政策だが、量的緩和第3弾(QE3)も含めて特効薬になるとも思われない。
日本では復興需要で年後半の景気回復に期待は持てるが、中長期的に経済成長につながるような政策はすべて頓挫してしまっている。
世界経済の回復が遅れるほど、ソブリンリスクの危険は拡大していく。背景に違いはあるものの、日米欧すべてで国債への資金シフトが起きたことが、この問題をグローバルな存在としている。
今や日本の財政問題は日本だけの問題ではない。欧州や米国で国債価格が下がるような動きがあれば、日本だけがその動きから遮断されることはあり得ないからだ。ソブリンリスクとは、財政リスクというより金融リスクである。国債市場におかしなことが起きれば、それは国債を大量に保有する金融機関の問題となる。
リーマン・ショックのとき、あるいは90年代の日本の金融危機のとき、金融機関が保有しているリスク資産の規模が問題となった。しかし、金融機関が保有している資産の規模をみると、国債の規模の方がはるかに大きい。
トルストイの話に戻ろう。不幸の原因はみんな異なる。この問題を解決するには、日本、米国、欧州がそれぞれの財政問題に手を打つしかない。リスクが金融危機として顕在化するのか、それともその前に有効な手を打てるのか、政治の力量が問われている。