我々の原爆で何万も殺したと狂喜する彼らの姿の方がよっぽどコワかった。
2024年04月18日
以下は本日発売された週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
本論文も彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであることを証明している。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
原爆は楽しい
先の対日戦はルーズベルト(FDR)にもチャーチルにも「そんなはずじゃなかった」事態の連続だった。
のっけの真珠湾もそんなはずではなかった。
日本はFDRの罠、真珠湾に置かれた囮の米艦隊を注文通りに襲った。
おまけに馬鹿な大使が最後通牒の通告を遅らせ、真珠湾攻撃を「卑劣な不意討ち」にまでした。
表彰してやりたいほど見事な悪役を演じてくれたけれど、ただ米艦隊の被害が「そんなはずじゃあない」ほど大きかった。
これには説明がいる。
米国の戦争は昔から「アラモ」がモデルだ。
まず敵に米市民を殺させる。
アラモでは250人が殺され、「リメンバー・アラモ」とか正義の戦いを装ってメキシコを攻めた。
米西戦争も同じ。
スペイン人が仕掛けてこないから自分でメイン号を爆破して「リメンバー・メイン」を叫んで戦いを宣した。
今回は日本を石油禁輸で追い詰め、真珠湾に誘って好きに暴れさせた。
ただ不安はあった。
軍事評論家フレッチャー・プラットは「日本人は近眼のうえ、おぶわれて育つから三半規管がおかしく急降下爆撃もできない」という。
せっかく米艦隊を囮にしても日本機がドジで一人の戦死者も出ない可能性もあるというのだ。
FDRはせめてアラモ並みの惨劇をと祈ったが、それは杞憂だった。
日本機は水平爆撃でアリゾナを沈め、他の艦船も急降下爆撃と雷撃で沈め2400人もが死んだ。
己のペテンで自国民をそんなにも殺してしまった。
「そんなはずじゃなかったのに」とぶつぶつ言いながらFDRは議会で対日宣戦を布告したとハミルトン・フイッシュ『ルーズベルトの開戦責任』(渡辺惣樹訳)にある。
チャーチルも日本軍を見くびっていた。
彼はアジアの英植民地を守るため最新鋭の戦艦プリンス・オブ・ウェールズを出動させた。
そしたら開戦2日目に不沈戦艦は日本機の攻撃であっさり沈んでしまった。
「そんなはずじゃなかったのに」とチャーチルも臍(ほぞ)を噛んだ。
日本が登場させた零戦に至っては英米独ソのどの戦闘機も敵わなかった。
落とされたことのない米重爆B17まで零戦はたやすく屠ってしまった。
英国は香港、シンガポールを失い、米国もフィリピンを失った。
マッカーサーがあんな臆病者とはFDRも知らなかった。
かくて欧米諸国の貴重な財源だったアジアの植民地は日本軍によって悉く解放された。
FDRはここでも「そんなはずじゃなかった」と言い訳した。
ただ米国にもラッキーな予想外があった。
オッペンハイマーのマンハツタン計画だ。
米国にはいい科学者はいない。
製造は不可能だった。
欧州には優秀なユダヤ系科学者が多かった。
そしたらヒトラーが彼らをパージしてくれた。
米国は労せず2000人の科学者を手に入れた。
核爆弾の製造は危険な作業と思われた。
火薬も使う。
工具はわざわざ帯電しないペリリウム製にした。
で、やってみたらいとも簡単にできた。
米エネルギー省の資料には「ウラン型は確実に爆発するから事前の実験は不要」とある。
安く大量生産できるプルトニウム型は爆縮の構造が難しく、アラモゴルドで実験した。
この最大のヤマ場を映画『オッペンハイマー』はなぜかちゃちな特撮映像で済ましている。
準備は整い、トルーマンは意気揚々とポツダムに乗り込んでみたら日本はもう降伏寸前だった。
トルーマンは慌てて天皇の地位をあやふやにする小細工をし、2発の原爆を投下するまで降伏を引き延ばさせた。
映画はその辺を「アジアの民を殺し捲る残忍な日本は原爆を2発落とさないと降伏しない」という虚構を丁寧に作り上げている。
そして投下の報。
我々の原爆で何万も殺したと狂喜する彼らの姿の方がよっぽどコワかった。

2024/4/12 in Kyoto