「政治と金」について。

日本が生んだ本当のエリートであり、時の総理大臣であり、日本最高の経済通でも在った宮澤喜一が、平成4年8月に、彼も気付き私たちも気付いていた事…しかも米国に、お手本も在った…日本にマスコミが名づけたバブル現象が起きる前に、米国でも似たようなことが起きた…米国は必要な公的資金を投入して短期間で解決…

またバブル景気崩壊後の金融不安を巡って、1992年(平成4年)8月の自民党の軽井沢セミナーで金融機関への公的援助発言をする。地価や株価等の資産価格の大幅な下落から、今までの景気後退とは質が違うとし、公的資金を投入しても不良債権を早期に処理する必要性があると発言したものであった。

しかし官庁、マスコミ、経済団体、そして当の金融機関自身からの強い反対にあい実行に至らなかった。その結果、宮沢喜一はその決定を取り下げなければいけなくなり、この事により銀行への公的資金投入による不良債権処理はタブーとなり、その後は何年にもわたり日本の政治家は誰一人としてこの事を言えなくなってしまった。…「20年前までは政治の世界にも本物のエリートがいた」拙文参照。

例えば、経済に於いては二流でしかない朝日新聞の経済部記者を筆頭にして貴方達は本物のエリートの頭脳に必然として浮かんでいた解決策を、愚かな正義感の大合唱で抑え込み、この20年間に上下900兆円もの損失を国に与えたのです。…民主党の人間達の中にも一緒に唱和した者が居たはずだ…

それこそが「政治と金」の問題。

それで、どんな顔をして、鳩山由紀夫や小沢一郎には永遠に「政治と金」が付きまとっているかのようなレッテルを張り、それが国民世論だなどと、どんな口で言えるのだ?

幼稚園児より酷いのではないか?

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