続き。
支出増は冒頭で紹介したインフレだ。比例して給料が増えればいいが、そうとも限らない。たとえばタクシー業界では、「公共料金」と受け止められている料金の値上げもままならず、ストライキが頻発しているそうだ。
収入減どころか失業率は経済成長にもかかわらず、ほぼ横ばいで推移している。そして若者の就職難も無視できない。この10年ほどで年間の大学卒業者数は4倍に増え、希望が集中する事務職に就くのがいっそう厳しくなったとされる。
温家宝首相は今年3月、「中国の失業者は2億人」と発言したと報じられた。農村で、作業が効率化されてI人あたりの耕作面積が世界的な平均水準にまで広がった場合に生じる「潜在的失業者」の数だという。
この半面、沿海部にある外資系企業の経営陣など改革開放の恩恵を十分に受けた層もあり、地域や職種による格差は拡大した。ある中国の著名エコノミストは、都市部の収入格差は中国政府の公式発表である9・2倍ではなく28・9倍だとする論文を発表した。
この違いは、公務員や国有企業の幹部などが得る合法とも非合法ともつかない 「灰色収入」のせいだという。前出の研究者によると、灰色収入には、公務員が許認可権を握る業界から受け取る盆暮れの祝い金などがある。I件あたり200~300元(約2400~3600円)は「黙認」され、合計すれば年間の給料収入と同じ規模に達することもあるそうだ。
先のエコノミストは、灰色収入は08年、総額5兆3千億元(約66兆円)にのぼり、灰色収入を含む、統計から抜け落ちた収入の8割以上を都市部の収入上位2割の層が受け取ったとしている。
「格差の拡大に灰色収入が一役買い、しかもインフレときては、低所得層が不満を募らせないれけがありません」(別の研究者)
そもそもこのインフレを 「人災」とする見方もある。
「中国の通貨・人民元の相場を適正水準よりも安く抑えていることが、中国国内にインフレ圧力を加えたのは間違いありません」(横浜国立大学の佐藤清隆教授)
人民元の相場は米ドルに対して、中国人民銀行が毎朝発表する基準値を中心に1日最大0.5%変動する仕組みだ。05年7月から徐々に元高に振れてきたが、
08年夏以降はlドル=6・8元台で事実上固定されていた(上のグラフ)。
一般的に経済への安心感が強いほど、その国の通貨が買われて高くなっていく。中国の経済成長とともに元高になっていないのは、人民銀行が巨額の「元売り・ドル買い」の市場介入をして、人民元を高くしないようにがんばったからだ。
米国債の価値が大きく「目減り」
経済産業研究所の研究メンバーである佐藤教授、清水順子・専修大学准教授らが米中双方の輸出製品の価格競争力が等しくなるように推計したところ、人民元の適正な水準は08年の時点で、00年と比べて65・3%高い。lドル=4・1元程度になる計算で、現実と比べれば1ドルあたり2・7元ほど安いことになる。