最終章と、エンドロール。
亀谷の携帯電話に残されていたであろう〈Tからのメール〉の内容は、亀谷やTが、三井からの「捜査情報」を接待の、“見返り”と認識していなかったことを証明する、検察にとっては極めて不都合な証拠だった。だからこそ、野口は亀谷に携帯電話の在りかをくしきりに聞いていた〉のだろう。
そして、大阪地検特捜部はそのメールの存在を認識しながら揉み消したとしかいいようがない。というのも、亀谷の手記には〈携帯は運転手に預けた〉と記されているが、特捜部は亀谷を、三井の「詐欺」の共犯として逮捕したにもかかわらず、自宅も車も捜索していないのだ。
万が一、亀谷の携帯が見つかっていれば、野口はそれを〈手に〉して、どうするつもりだったのか。今回の前田元主任検事と同様に、検察にとって都合の悪い証拠である〈Tからのメール〉の隠滅でも図るつもりだったのだろうか……。
獄中手記によると、この後、亀谷はさらに検察の描く三井事件のストーリーに 〈調書を合わせ〉ていく。
そして20日間の勾留期限を迎え、釈放された亀谷は驚愕の事実を知ることになるのだ。
次回はさらに、この特捜部の捜査を、“検察一家”がいかにしてサポートしたかについて詳報する。
(文中一部敬称略)
2002年4月22 日、大阪高検公安部長がった三井環氏は突然、詐欺と電磁的公正証書原本不実記録・同供用、公務員職権乱用の疑いで大阪地検特技部に逮捕された。逮捕容疑は、神戸市内のマンションを購入した際、所有権移転登記に伴う登録免許税の税率の軽減(約47万円)の適用を受けるため、実際にば住んでいないのに虚偽の転入届を提出したなどというもので、通常ではあり得ない逮捕だった。
このとき三井氏は検察庁内で長年、裏ガネにされてきた調査活動費(調活費)の実態を、現職のまま実名で告発しようと、本誌はじめマスコミ関係者などと接触をしていた。だが、森山真弓法相と原田明夫・検事総長(いずれも当時)は逮捕直後の会見で、裏ガネ疑惑については『事実無根』と否定した。
その後、検察は三井氏の『悪質性』を強めるため、元暴力団関係者に捜査情報を漏らした見返りに飲食や女性の接待を受けていたという収賄容疑などで三井氏を再逮捕。法務省は三井氏を懲戒免職処分にした。三井氏は、口封じ目的の逮捕であり『公訴権の乱用』などと主張し、325日もの間、勾留される。
裁判では一審、二審ともに実刑判決。最高裁も08年9月11日付で三井氏側の異議申し立てを棄却し、懲役1年8ヵ月の実刑判決が確定。三井氏は静岡刑務所で未決勾留日数を除いた1年3ヵ月拘束され、今年1月に出所した。