良いなぁ、芥川殿の写真は…最高だぎゃ。

わたしたちは、それぞれに、美味しい食事を摂った後に、この写真=この場所を、じっと眺めた。
…食事と言えば、昨夜、くりきんとんさんと食事をしていた時のこと…芥川が、思わず、○○○は、○○の始まり、と呟いた時だった。
彼女は○○○は、民主党の始まり、と、ツイッターで、誰かが書いていましたよ、と、絶妙のタイミングで言ったのでしたが、
芥川は、あまりの、絶妙さに、感心してしまった。
そんな話をしたら、家康殿は、「ふむっ」、と、言いながら、黙って、この写真を観ていた。
そこで、僕は、彼の前に、黙って、今朝の、天声人語を、今日の棹尾を飾る様に、置いた。
2011年1月14日(金)朝日新聞 1面 天声人語
江戸の昔、大店の盛衰は主人よりも大番頭の人次第だったという。存在は大きかったが、ゆえに心得違いをする者もいたらしく、戒めも伝わる。「分限玉の礎」という古文書は七ヵ条を挙げ、第一に次の心得を説く▼「主人大事と思うは勿論、軽き親方(全人)なりとも侮るべからず」。続く第二条は「この家に我なくばなどと、高慢顔あるべからず」とある(青野豊作著『番頭の研究』)。むろん仙谷官房長官に心得違いなどなかっだろうが、菅内閣の大番頭がついに交代と相成る▼ときに首相をしのぐ存在感が揶揄を招いた。参院で問責決議をされてもいた。交代によって野党から審議拒否の大義名分を奪い、身内の小沢元代表の政権批判も封じる。二方面に向けた首のすげ替えというが、政治はこれで沈滞を突破できようか▼登山をしていて「輪形彷徨」に陥ることがある。道を失って同じ所を歩き回ることで、体力を消耗して死につながる。民主党の政治も似ていよう。歩いても歩いても「小沢山」「マニフェスト谷」「ねじれ峠」――と同じ地形が悪夢のように現れてくる▼「このままでは行き倒れだ」は全国幹事長会議での悲鳴だという。国民はもっとたまらない。早く稜線へ出て、新しい地平を見せてくれるのが、何をおいてもの政治の使命だろう▼冒頭の七ヵ条に戻れば、しんがりの第七条には「勘忍の二字、忘れまじ」が控える。勘忍は美徳だが、世論調査を見れば国民の堪忍袋の緒はぎりぎりに細っている。大番頭の交代から先、掛け値なしの背水の陣が待つ。
しかし、家康殿は、もはや、この内閣というか、現在のまつりごと、には、全く興味が無いかのように、芥川の写真を、じっと見ていた。
ニュースに流れてくる画面を観ていた芥川に、家康殿は、言った…余裕というものが、全くない顔をした者たちばかりだのぉ、と。
芥川が、…国民からの信を失った内閣だからでしょう…と、呟いたら、…家康殿は、なるほど、と、言いながら怪訝な顔をした。