“顔を真っ赤にして逃げた男”——白人特権意識が崩れた瞬間
米西戦争後のフィリピン支配で米国が20万人を殺害した史実を示すと、相手は“日本の植民地支配”を非難しながら論理破綻に陥り、白人だけが植民地を持つ特権を当然視していたのかと問われて激怒。四文字の罵声を残して立ち去った。このやり取りは、歴史を知らずに日本を断罪してきた欧米人の傲慢さを鋭く暴き出すものである。
2016-01-06
以下は前章の続きである。
米国スペイン戦争は1898年4月に始まり8月にはスペインが降伏しているが、戦争はなぜかその後4年も続き、1902年に終わっている。
何をもって終わったかというとフィリピン人の抵抗が鎮圧された、もう米国の植民地支配を認めますといったときまで続いた。
しかもその4年間で米軍はレイテ、サマールの二つの島の島民を皆殺しにするなど「20万人のフィリピン人を殺した」と上院の公聴会の記録に残っている。
朝鮮は違った。
セオドア・ルーズベルトが朝鮮はもはや国家の体をなしていないとはっきり発言して米公館を閉じ、日本に任せている。
日本は学校をつくり、電気を引き、工業を興して真の意味のcivilization、つまりあなたのいう開化を行った。
そう説明すると、彼は「日本は朝鮮を植民地にしてひどいことをしたのは事実だ」と吼えて、「もうこの話はやめだ」という。
日本をしたり顔でくさして、旗色が悪くなると、怒り喚く、こちらも少々むかついたので、「百歩譲って日本が朝鮮をフィリピン並みの植民地にしたとして、それでも日本が悪いというのは、もしかしてあなたは日本が植民地を持つことを許せないと思ったのか。植民地を持つのは白人国家の特権と思っているのか」と畳みかけた。
彼は顔を真っ赤にして四文字の言葉を投げかけて、どこかに行ってしまった。
この稿続く。