「第5条」を回避するサラミ・スライス— 尖閣防衛に潜む海と空の致命的欠陥 —

中国は海警・民兵・領空侵犯を組み合わせ、日米安保条約第5条を発動させない形で尖閣の実効支配を奪取する戦略を加速させている。領域警備と領空侵犯措置の法的欠陥を指摘し、日本が直面する現実的脅威と急務の対策を明らかにする論考。

2017-03-12

以下は前章の続きである。
2014年のオバマ発言以降、中国は海軍を出さずに海警(中国版コースト・ガード)を投入して既成事実を積み重ねてきた。
「3-3-2フォーミュラ」と言われるように、月に3回、3隻、海警を領海侵犯させて2時間居座る行動を繰り返してきた。
少しずつ既成事実を積み重ね、実効支配を掠め取る「サラミ・スライス戦略」である。
昨年8月には海警15隻を同時に領海侵犯させ、四日間で延べ28隻の領海侵犯という実績をあげた。
今後は「4-4-2」、そして「5―5-3」とサラミ・スライスを加速させ、既成事実を積み上げていくことが予想される。
これまでも、人民解放軍の代わりに民兵(偽装漁民)を活用してきた。
米国は、民兵が乗船した偽装漁船が機雷敷設訓練を実施している写真を公開している。
これまで、数百隻単位の漁船が尖閣諸島周辺や小笠原方面に押し寄せることがあった。
これらはまず、上からの指示による民兵の行動だと考えていい。
尖閣防衛の「盲点」
マティス長官の発言を受け、今後中国は、こういった非軍事活動の頻度や規模を拡大し、既成事実を積み重ねて実効支配を奪取する作戦を加速させるだろう。
海警や民兵の行動に対しては、武力攻撃事態の認定は難しく、自衛隊による自衛権行使は難しい。
となると、「第5条」の発動はあり得ないということだ。
これらについては、警察権行使を拡大した「領域警備」の範疇である。
最も蓋然性の高い事象であるが、一昨年の安保法制では手がつけられなかった。
政府はこの領域警備事態で、海保や警察の能力を超える場合に速やかに自衛隊を出動させることでこれに対処しようとしている。
これは大きな間違いである。
相手が軍隊を出してもいないのに自衛隊を投入することは決してやってはいけない。
中国に口実を与えるだけで、国際社会からの賛同も得られない。
まさに愚の骨頂である。
また、「非軍事活動」に対する法執行のために、警察権行使という手足を縛ったまま自衛隊を投入することもやってはならない。
米国も、連邦軍が法執行を実施するのを憲法で禁じている。
法執行で軍を使うのは、国際社会の常識からも逸脱している。
では、どうするか。
「非軍事活動」に対しては、最後まで海保と警察が対応できるよう強化するしかない。
これが「領域警備」であり、その能力の向上は喫緊の課題なのだ。
いまこそ真剣に取り組まねばならない。
今回の日米防衛首脳会談で防衛力の強化が謳われたが、防衛力には自衛隊のみならず、海上保安庁、警察の能力向上も含めた総合力強化の観点を忘れてはならない。
領空防衛の「致命的欠陥」
そこで盲点なのが、領空主権の防護である。
平時には、陸には警察があり、海には海保がある。
空には航空警察はなく、最初から中国空軍と航空自衛隊のガチンコ勝負である。
しかも、上空での動きは政治家を含めて一般国民には非常に分かりづらい。
中国は今後、海警が領海侵犯を繰り返すように、上空でも尖閣諸島の領空侵犯を繰り返すことにより、実効支配争奪を狙ってくるだろう。
領空には排他的かつ絶対的な主権がある。
勝手気ままに領空侵犯されるようでは実効支配しているとは言えないし、「施政下」にあるとは言えない。
竹島、北方四島ともに、日本は領有権を主張している。
だが、空自機は上空を飛ぶことはできないし、逆に相手国は自由に飛行できる。
だから竹島、北方四島は日本の「施政下」にあるとは言えない。
したがって、これらは日本の固有の領土にもかかわらず、安保条約「五条」の適用対象ではないのだ。
一昨年、トルコ空軍は領空侵犯を繰り返すロシア機を撃墜して、領空主権を守った。
相手が軍事大国ロシアであっても、決して領空侵犯を許さない。
独立国としては当然の処置である。
それでこそ「施政下」にあると一言える。
トルコ空軍と同様、航空自衛隊は中国軍機による尖閣諸島の領空侵犯を阻止できるのか。
一番のネックは、日本の法的欠陥である。
紙幅の関係上、簡単に述べるに留まるが、現在の自衛隊法「領空侵犯措置」には致命的欠陥がある。
自衛隊法には第八十四条「領空侵犯に対する措置」という任務規定はあるが、これを遂行するための権限規定がスッポリ抜け落ちている。
任務を与えながら権限規定がないのは、この規定だけである。
自衛隊法制定時の経緯はともかく、「法律に書いていない限り、自衛隊は1ミリたりとも動かせない」というのがいまの解釈である。
したがって、中国軍機が領空侵犯を繰り返しても、「これを退去または着陸させ、これに従わない場合、状況によってはこれを撃墜する」という国際慣例を遂行できないのが現実である。
「断固として領空を守れ」と言いながら、武器の使用権限は認められていない。
現場からすればダブルスタンダードとしか言いようがないのだが、一昨年の安保法制では手つかずだった。
この改正は焦眉の急務である。
中国軍機が尖閣諸島の領空を自由に勝手気ままに飛べるようになった時、尖閣は日本の「施政下」にあるとは言えなくなる。
その時点で、米国は「五条適用対象」とは言わなくなる。
米軍の介入を招かずに尖閣の領有権を奪取する中国のシナリオの完結である。
「所領を安堵された御家人」よろしく、「五条適用対象」と言われて「バンザイ」と喜んでいる場合ではない。
中国は「五条」発動を回避する戦略で、尖閣の領有権奪取を狙ってくるだろう。
日本の領土、領海、領空を守るのは日本人しかいない。
その原点に立ち返り、自衛隊の強化、あわせて海上保安庁、警察の強化、そして「領空侵犯措置」の法改正など、自らがやるべきことを粛々と実行していくことが求められている。

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