私たちの国の領土と領海を守るという当たり前を拒む者たち

サンフランシスコ講和条約をめぐり、「全面講和」を掲げて日本の独立回復を妨害した左翼知識人と政治勢力の実態を検証し、現代の安全保障法制反対運動との本質的共通性を明らかにする論考。

2016-02-23

以下は前章の続きである。
日本にしてみれば、「世界のほとんどすべての国」と握手して、そしてアメリカによる占領が終わり、国としての独立を回復するわけですから、これほどありがたいことはありませんでした。
それにもかかわらず、日本国内には妙な動きがあったんですね。
ソ連とその衛星国(たった三か国!)が講和条約に反対していることをいいことに、日本が結ぼうとした講和条約に反対した勢力があったのです。
四十九か国との講和条約に「単独講和」という名前をつけ、ソ連とその衛星国を入れた講和条約を「全面講和」と呼び、「わが国は全面講和を結ぶべきだ」とゴネたわけです。
「世界のほとんどすべての国」と結ぼうという条約を「単独講和」と呼び、そこにソ連、ポーランド、チェコというたった三つの社会主義国を加えたものを「全面講和」と呼ぶ。
まさに言葉遊びでした。
そんな詭弁を弄したのが「進歩的文化人」と呼ばれた左翼系知識人たちです。
彼ら全面講和派の事務局は、たしか岩波書店のなかに置かれていました。
岩波書店の二階だったといわれています。
時の東大総長・南原繁も全面講和論者でした。
「全面講和を支持せよ!」というのはスターリンの命令、少なくともスターリンの希望だったといわれています。
ソ連の意向に沿った共産党や社会党、社会主義を正義だと思っていた進歩的文化人たちが「単独講和反対!」と叫び、講和条約の締結を阻止しようとしたのです。
もはや国賊としか言いようのない連中でした。
「ソ連圏の国々が入っていない講和条約は認めない」と言うことは、東西冷戦下のあの時代において、講和条約を結ばないことを意味しました。
それはすなわち、自国の独立を願わず、あと何十年もアメリカの占領下に置かれる道を選ぶことでした。
そこで、「全面講和」を振りかざし、日本の独立回復を妨害する東大総長・南原に対して、時の首相・吉田茂が「曲学阿世の徒」と厳しく批判したのは有名です。
学問をねじ曲げて世間におもねる輩という意味を持つ「曲学阿世」という言葉は流行語にもなりました。
この間、突然、学者と称する連中がテレビの前に登場し、日本以外の世界中の国では当たり前の、自国を守るための法案に対して、戦争法案などという小学生レベルのレッテルを貼って反対を叫び続けています。
それらは、ファシズム国家や全体主義国家そのものの態様で、私たちの国の領土や国際法上の領海に侵略を開始する国を抑止するためのルールです。
この時代と現在は、全く同じなのだと、普通の頭脳を持つ世界中の人は気づくはずです。
この稿続く。

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