夫を捧げた人々は、なぜ報われなかったのか。
マッカーサーの発言が日本で報道されなかったことで、戦死者遺族は長く東京裁判史観の中で苦しめられてきた。
戦後日本が失ったのは、国家の名誉だけではなく、遺族の心の救済でもあった。
2017-06-19
以下は前章の続きである。
「東條・マッカーサー史観」への転換。
にもかかわらず、マッカーサーのこの発言は当時の日本の大新聞で報道されたことがなく、今日に至るまでマスメディアで報道されたという話を聞いたことがない。
このマッカーサー発言が行われた当時の日本は、まだ米軍の占領下にあったから、報道できなかったのかもしれない。
しかし、翌年の独立回復を待って、「それっ」とばかりに書き立てればよかった。
昭和二十六、七年といえば、まだ戦争の記憶も生々しかった。
同時に、占領軍が教科書の都合の悪い部分を墨で塗りつぶさせ、日本が一方的に悪かったという宣伝を大々的に行っていた時代でもあった。
その効果は絶大だったろう。
七十年後の今日もなお、日本が東京裁判史観に呪縛されているような事態は、なかったかもしれない。
浮かばれなかったのは、戦死者の遺族である。
私は今でも、ある未亡人の「かくばかり卑しき国となりたれば捧げし人のただに惜しまる」という和歌を覚えている。
夫を戦争に出したくはなかった。
しかし、お国のためだからと捧げた。
それにもかかわらず、戦後は犬死にのように言われる。
それが「ただただ惜しい」と、悲嘆に暮れているのである。
息子を捧げた親もいた。
兄を捧げた弟妹も大勢いた。
このマッカーサー証言が大々的に報道されていれば、そうした遺族たちはどれほど救われた気持ちになったことだろう。
この事実は、すべての日本人が知るべきであり、世界中の人々に知らせるべきものである。
この稿続く。