そうして民間から徐々に世界に広げていく必要があるのだ。
マッカーサー証言は、いまだ世界と日本の戦後史観を支配する東京裁判史観を転換する力を持つ。
政治主導ではなく、民間から繰り返し発信することこそが、歴史認識を変える現実的な道である。
2017-06-19
以下は前章の続きである。
私自身も機会あるごとにマッカーサー証言について語ってきたが、私の読者は知っていても、なかなか世に広まっていかない。
「チャンネル桜」でも何か月間か毎日放送してくれたのだが、地上波ではないし、やはりすでに知っている保守系の人ばかりが観るので、なかなか広がらない。
しかし、この事実を利用できないのは何としても惜しい。
いまだに世界と日本の戦後史観を支配している、いわゆる「東京裁判史観」は、「東條・マッカーサー史観」に換えられるべきであろう。
「リビジョニスト」マッカーサーの証言を、世界に対して恒久的に発信し続けることが、第二次安倍政権の重要な使命の一つであると思う。
政治の場であまり性急にやると反動が大きすぎるかもしれないから、すべての日本人が、「マッカーサーは、大東亜戦争は侵略戦争ではなく、自衛戦争だったと証言している」と、ことあるごとに言い続けるべきであろう。
何しろ、「開けゴマ」の呪文のようなもので、日本を侵略国家だと騒ぎ立てる相手にそのことを言うと黙ってしまうのだから。
誰もそれを否定できないのだから当然である。
マッカーサーがリビジョニストだったことは、アメリカでは一時よく知られていた。
だから、そのころのアメリカは、日本人に友好的だった。
一九六〇年代に二度ほどアメリカの空港で「日本人か」と話しかけられ、そうだと答えるとコーヒーを奢ってもらうようなことがあった。
しかし、いまではアメリカ人もそんなことは忘れてしまっている。
日本が知ろうとしないことを、向こうがいつまでも覚えているわけがない。
だから、われわれ日本国民がそのことをまず十分に知らねばならない。
そうして民間から徐々に世界に広げていく必要があるのだ。