3・11で免れた辞任――菅直人政権が国家戦略を喪失した瞬間
3・11直前、辞任寸前だった菅直人首相が東日本大震災によって政権を維持し、その後の日本の基本政策が大きく揺らいだ過程を、櫻井よしこと田久保忠衛の対談から検証する。
2017-06-28
あの日の朝、民主党政権の菅直人首相は、海外から政治献金を受けたのではないかという疑惑の中で、辞任するはずだった。
それが、東日本大震災のおかげで首がつながった。
社会党の村山(富市)さんが首相だった時にも、阪神淡路大震災が起きました。
左派の人材が首相となったけれど、村山さんの時は実質的に自民党が取り仕切った。
菅さんの時は全面的に民主党が仕切った。
二つの天災を同列に論じることはできませんが、事実を見ると3・11以降、日本の国としての基本政策が大きく揺らいでいるのを実感します。
櫻井
福島に行く度に、菅直人政権と民主党の罪を実感します。
国家がきちんとした考え方、国や民族の行く末についての基本政策を持っていないと、問題は本当に解決されないと感じます。
たとえば、国の基本戦略の要としてのエネルギー政策をどうするのか。
原発事故をどのように解決し、それを教訓として未来に活かすには何か必要なのか、誰も論理的に考えようとしない。
まるで政府全体が考える能力を失ったかのようでした。
未曾有の災害に対処するのに国としての基本戦略もなしに、避難した人たちにかなりの額の補償金を与え続ける。
決してそれは建設的でなく、住民の皆さんにもよい影響はもたらしていない。
あの時の大きな教訓を学ばないと、民族として力を落としていくという危機感を抱きました。