過去の文献が読めない国の歴史認識 ― 韓国学術の深刻な断絶
ハングル専用化によって過去の史料が読めなくなった結果、韓国の歴史認識は史実検証を欠いたまま固定化している。学術研究の基盤崩壊と日韓歴史共同研究が成立しない構造的理由を、百田尚樹と呉善花の対話から明らかにする論考。
2017-07-03
以下は前章の続きである。
見出し以外の文中強調は私。
相手の名前が読めない!?
百田尚樹。
「日本がハングルを普及させてしまったばっかりに国民をアホにしてしまった……と、これも本のなかで謝るべきでした(笑)。
ちなみに、こんなことを言うとまたヘイトスピーチだと言われてしまいそうですが、韓国の人たちの名前は漢字で表記されていますが、自分の名前を書けるのでしょうか。」
呉善花。
「自分の名前ぐらいは書けますね。」
百田。
「他人の名前はどうでしょうか。」
呉。
「多くが書けないでしょう。」
百田。
「読めますか?」
呉。
「なかなか読めませんね。」
百田。
「えーーー! すると、『はじめまして、呉善花です』と名刺を渡しても相手は読めない?」
呉。
「読めない人が大部分だと思います。」
「それでいて不思議なことに、韓国には漢字に対する憧れのようなものがあって、漢字を書けることが物凄く格好良いことだとされているのです。」
「会社の社長さんや政治家でも、名刺は漢字で自分の名前を書いている人が多い。」
「でも、名刺をもらった人は何て書いてあるのかほとんど読めない。」
百田。
「驚きました。」
「横にハングルで書いておかないといけない……。」
「そうなると恐ろしいのは、1970年代以前に書かれた学術書や歴史文献なども、多くの韓国人は読めないのではないかということです。」
「韓国の歴史認識は史実と全く異なった酷いものが大半ですが、過去の文献が読めなければ史実を検証する作業など一切できません。」
呉。
「これは非常に深刻な問題で、大学の指導教官が書いた論文を博士課程の学生が読めないといったことが起きています。」
「ソウル大学の図書館には膨大な史料がありますが、いまやそれらを読める人はほんのわずかな専門家しかいません。」
「政治評論雑誌にしても、漢字語がたくさん出てくると意味不明な言葉の羅列にしか見えず、ハングル専用世代はそこを読み飛ばしてしまうしかないのです。」
「前後の文脈でなんとなく理解した気になる。」
「日韓歴史共同研究などでも、日本側がどれだけ史料や文献を基に『史実はこうです』と提示しても、韓国側は一切受け入れませんね。」
「もちろん、そこには反日思想があるわけですが、それと同時に、韓国では研究者であっても過去の文献などから歴史を検証することがほとんどできていません。」
「共同研究のやりようがないのです。」
この稿続く。