報告書と本人の乖離――不可解なケイ氏の態度

デービッド・ケイは、日本の表現の自由を高く評価すると述べながら、報告書では過度な懸念を並べた。
自民党での質疑における態度と報告内容の齟齬は、理解不足か、意図的な二重基準を疑わせる。

2017-07-07

不可解なケイ氏の態度。
私自身、とても不思議な思いがしたのは、自由民主党を訪れ、直接目の当たりにしたケイ氏の態度でした。
報告書には、日本は憲法二十一条で非常に高いレベルで表現の自由をシステム的に保障しており、これを評価するとも書いている。
その上で、自分には懸念があり、自分は国連から独立した一個人の発言に過ぎないと述べた。
法的拘束力はなく、自分が言っていることは勧告ではなく、あくまで提言に過ぎないと強調した。
「私は日本が大好きだ」とも彼は言った。
私はあなた方を攻撃するためにここにいるわけではない、攻撃のための報告ではない、という姿勢で、報告書と目の前の彼とは別人ではないかと思えたほどだった。
実は、ケイ氏の話を直接うかがうにあたって、私どもは一定の配慮をしていた。
報告内容がとんでもないからといって激しく糾弾すれば、「日本の言論状況は貧しい」と逆手に取られかねない。
逆に、静かに聞くだけでは、「自民党の代議士は反論できなかった」と利用されかねない。
立場を明確にしつつ理性的に臨もうと考えていただけに、彼の態度は意外で違和感があった。
私は、特定秘密保護法に対する彼の理解について質問した。
彼は、報道関係者の業務に萎縮効果を与えないよう法改正を勧告しているが、そもそも法律は報道や取材を対象としていない。
何をどう改正すべきなのか、萎縮そのものは存在しないのではないかと質した。
これに対しケイ氏は、「ジャーナリストが非処罰であることは認識している」「新法が表現の自由の保障につながることが重要で、政府は努力していると認識している」と、はぐらかすように答えた。
質疑の中で、城内実衆議院議員が、「申し立ては客観的事実に基づくべきで、報告書は偏見に満ちている」「事実より歪曲やねつ造、伝聞に基づいた記述でバイアスが掛かっている」と英語で強く批判した場面があった。
このときケイ氏は語気を荒げ、「レッテルを貼られ失望した」と述べた。
ただし続けて、「日本は強固な民主主義と法の支配のもとで表現の自由が保護され、世界で最も保護されている国の一つだ」「大好きな日本を攻撃するつもりはなく、心から良い国だと思う」とも述べた。
結局、一時間二十分の質疑を経て、彼は沖縄に一度も足を運んでおらず、現場を直接見ていないと認めた。
それでも、「報告と本人の弁の異様な乖離」という印象だけが強く残った。

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