「いい話だが国家が言えば全否定」──天声人語に染みついた反国家思想の正体
教育再生会議の子育て提言を「いい話だが国の提言なら話は違う」と切り捨てる天声人語。国家を本質的悪とみなし、価値観の提示すら拒絶するその思考停止は、どこから来たのか。反国家イデオロギーの異様さを冷静に暴く。
2016-04-10
いまの「天声人語」は、在京新聞社の中でも文章はおそらく最も下手で、おまけに特有の臭さがにじみ出る。
臭いところは鼻を摘まんで読むからいいとして、まず『橋のない川』の著者が「子育てという言葉を嫌った、子どもの管理に通じる意識があるからだ」という主張を挙げる。
「子」も「育てる」も大和言葉だ。
日本人なら分かる言葉に「管理」という漢語で説明されるようなニュアンスがあるとはちょっと分かりにくいいい分だが、それはいい。
その子育てに「子守唄を歌い、おっぱいを与える。食事中はテレビをつけない。早寝早起き朝ご飯を習慣づける。嘘をつかない」を盛り込みたいと、教育再生会議が提言した。
「いい話だが」と天声人語子も納得しながら、でも「それが国の提言となれば話は違う」と全否定する。
なぜなら「それは価値観の押し付け、(国家の)下請け人たることを親に求めることになってしまう」と断ずる。
「国」とはとんでもない悪で、国がいうことには必ず悪意がしのばされ、国民を誑かして、国民を奴隷にし、破滅させようと狙っているのだ、と。
それって延安整風をやって国民を騙し討ちにし、文革で国民に殺し合いをさせ、チベットを侵略し、ベトナムに戦争を仕掛けた中共政権のことだと思うが、この新聞は「中共は立派な国」ということになっている。