「岩波楼で春をひさぐ女郎」──三島由紀夫が喝破した大江健三郎の反日的本質
三島由紀夫が大江健三郎を「岩波楼で(反日路線という)春をひさぐ女郎」と評した意味を手がかりに、戦後民主主義を標榜しつつ日本と天皇制を否定する姿勢の異様さを検証する。
2016-04-10
日夜、世の為、人のために、実業に明け暮れる日々を送っていた人たちの全てが全く知らなかった大江健三郎の実像を、高山は見事に教えてくれている。
題字以外の文中強調は私。
朝日新聞を糺すために「倫理チェック機構が必要だ」。
――大江健三郎の主張をそっくり採用して無罪論を展開するお粗末。
中国人と変わらぬ大江健三郎。
大江健三郎は「私は戦後民主主義の世代ですから」とよくいう。
だから天皇制も受け入れないし、日本という国も嫌いで、「文化勲章など受けたくもない」と、ほとんど中国人と変わらない姿勢を打ち出していた。
三島由紀夫は、そんな大江を「岩波楼で(反日路線という)春をひさぐ女郎」という風な趣旨の人物評をしている。
彼の場合、身過ぎのためやむをえず節を曲げた家永三郎と同じだというなら、まだ理解できる。
しかし、彼はただ節を曲げただけでなく、意識的な悪意を盛り込んでいる。
ルーズ・ベネディクトは、日本人の型には恥があると『菊と刀』に書いている。
その意味で彼は日本人離れしている。
恥を知らなければ、平然と嘘もつける。
この稿続く。