それは取材ではない――日本ジャーナリズム劣化の正体

記者クラブに依存し、役人の言葉を垂れ流すだけの日本の既存ジャーナリズム。
長谷川幸洋とケント・ギルバートの対談は、NHK「watch9」を含む日本メディアの思考停止と知的怠慢の構造を、決定的に暴き出している。

2017-07-16

私に言わせれば、そんなのは取材というより、単に自分の頭で考えてないだけです。
先日の新聞に株式会社ビジネス社の新刊広告が掲載されていた。
長谷川幸洋とケント・ギルバートの対談集。
ケント&幸洋の「大放言」。
中・韓・沖縄にはびこるペテン師たちの正体。
この本もまた日本国民全員と世界中の人たちが読むべき本である。
新聞記者たちやテレビの報道番組に出てくるジャーナリストと称している連中は、何故、あんなにも酷いのか。
今、NHKのwatch9を司会している有馬と桑子は何故あんなに酷いのか。
これらの事についての完全な解答を、現役の東京新聞記者でもある長谷川幸洋が提示している。
前文略。
既存ジャーナリズムは自由ではなく、インターネットに後れを取り、自由を取り戻そうという姿勢すら見られない。
政府を監視すると言いながら、実際には記者クラブ制度の下で特ダネというエサをもらい、政府や役人の言うことを右から左に垂れ流しているだけである。
それで給料がもらえるのだから楽なものだ。
日本のジャーナリズムの現状はその程度で、ちゃんちゃらおかしい。
政府から独立して自由に考え議論するためには、ジャーナリストも政治家や官僚と同じ程度の基礎学力を持たなければならない。
だが、そうしたジャーナリストはほとんど存在しない。
経済の教科書を読んだことがある記者はいても、それが身についていない。
金融や財政政策を書く際、経済学の素養がない記者は日銀や財務省に聞き、すべて役人に教えてもらっている。
論説委員になっても、自分で調べ考える前に、まず役人に電話する。
それで何かを教えてもらって、取材した気になっている。
私に言わせれば、それは取材ではない。
単に、自分の頭で考えていないだけである。

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