「帰るべき北朝鮮がない」と泣いた男──新婚初夜の告白が示す思想的自己同一化
新婚初夜に北朝鮮送還ドラマを見て「帰るべき朝鮮がない」と涙したという大江健三郎の自己告白。ネット上の証言と一次出典を引き、言説の背景と思想的傾向を整理する。
2016-04-10
私が、インターネットとは史上最大の図書館であり、加えて史上最速で調べることができる図書館である、と言及してきたことは、読者はご存知のとおりである。
今日、世界に発信した高山正之の論説を補足する文章が出てきた。
以下は「沖縄ノート」について、ヤフーで質問した人間に、参加者が答えたものの一つである。
二〇〇七年十一月二十九日。
北朝鮮に帰します。
というのは、大江健三郎は新婚初夜にテレビを見て、「ボクには、帰るべき北朝鮮がない」と泣いた男だからです。
「帰るべき朝鮮がない」大江健三郎。
結婚式をあげて深夜に戻ってきた。
テレビ装置を何気なく気に留め、スイッチを入れる。
画像が現れる。
そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまりに涙を流していた。
それは東山千栄子氏主演の北鮮送還の物語だった。
ある日、ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白い朝鮮服に身を固め、息子の家族に、自分だけ朝鮮に帰ることを申し出る。
このとき、ぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というようなとりとめないことを考えるうちに、感情の平衡を失ったのであった。
(「わがテレビ体験」大江健三郎、『群像』昭和三十六年三月号)
これが、新婚初夜のときに大江健三郎が思ったことだそうだ。
今からでも遅くはありません、大江健三郎を「帰るべき北朝鮮」に帰還させましょう。