「12年間、加計ありきだった」――封殺された証言と“報道しない自由”の極致
加計学園問題の閉会中審査で、前愛媛県知事・加戸守行が語った重い証言は、主要紙によって事実上黙殺された。行政が本当にゆがめられた実例と、日本のマスメディアの構造的歪みを検証する。
2017-07-18
衆参両院で10日に開かれた学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐる閉会中審査の白眉は、加計学園誘致を進めた加戸守行・前愛媛県知事の証言だったのは間違いない。
「愛媛県にとっては、12年間加計ありきだった。今さら1、2年の間で加計ありきじゃない」
「10年間、我慢させられてきた岩盤規制にドリルで穴を開けていただいた。『ゆがめられてきた行政が正された』というのが正しい発言ではないか」
加戸氏はこう切々と述べ、文部省(現文部科学省)時代の部下であり、首相官邸の意向によって「行政がゆがめられた」と主張する前川喜平・前文部科学事務次官に反論した。
これまでの経緯を熟知する当事者の言葉は重く、説得力があった。
テレビで国会中継を見た多くの人は、加戸氏の説明にうなずいたのではないか。
ところが、在京各紙の翌11日付朝刊を読むと、加戸氏の発言の扱いは小さかった。
特に朝日新聞と毎日新聞は、閉会中審査に関して大きく紙面を割いたにもかかわらず、一般記事の中で1行も加戸氏を取り上げなかった。
まるで、自分たちの安倍晋三政権批判の筋書きに合致しない加戸氏の証言は、存在しなかったかのようである。
半ば予想していたことではあったが、あまりの露骨さに恐れ入った。
国会中継を見ていない朝日と毎日の読者は、事実関係が分からないように目をふさがれたも同然である。
インターネット上で常々批判される「報道しない自由」も、ここに極まれりである。
あまつさえ、毎日は第1社会面のトップ記事に「『印象操作』かわす 前川氏追及に淡々と」との見出しをつけ、こう書いていた。
「発言内容の信ぴょう性を低下させようとする与党側の『印象操作』をかわした格好だ」
自分たちは加戸氏の主張について読者に知らせず、前川氏の言い分だけをクローズアップする印象操作を行っておきながら、与党側が印象操作をやったと決め付けている。
これには、勝海舟の次の言葉を思い浮かべた。
「世の中に無神経ほど強いものはない。あの庭前の蜻蛉を御覧。尻尾を切って放しても、平気で飛んで行く」
ただでさえ「マスゴミ」と呼ばれるようになって久しいマスコミは今後、いよいよ信用を失い、軽蔑の対象となっていくのだろう。
森友学園や加計学園をめぐる一連の報道を見るに付け、その懸念は深まるばかりである。