写真は人生そのもの──嘘をつくな、盗むな

仁和寺の御室桜を撮影した帰路、写真盗用の疑念に直面した体験から、創作物とは何かを問い直す。写真は人生であり、魂である。私は世界に告げる──嘘をつくな、人のものを盗むな。

2016-04-13

一昨日、終に仁和寺の御室桜が満開となった。
今年、桜の季節は、紅葉の季節と違って、花曇りの日がほとんどであることに気づいた。
どこかで快晴の下の桜を撮りたいと思っていた。
一昨日、その日が訪れた。
私は友人と共に、仁和寺に向かった。
勝手知ったる我が家の庭ではあるけれども、私は一気に撮った。
その帰りのことである。
昨日、写真が好きな友人から電話があった。
「ピクスタに、あなたの写真ではないかと思われるものがあった」。
見せてもらった。
ソニーがピクスタと提携した絶景コンテストの入選作の紹介だった。
この中にあった金閣寺の写真が、そうではないかと言う。
確かに私もそう思った。
なぜなら、私の金閣寺の写真には、ある特徴があるからである。
盗まれたとしたら、穴だらけのインターネットを利用して、悪党が私のPCに忍び込み、写真のファイルを盗んだとしか考えられない。
そして、それが何の不思議でもないのが、今の現実である。
私は今こそ、世界中に告げる。
韓国よ、中国よ、嘘をつくな、人のものを盗むな、と。
写真とは何か。
写真とは、写真家の人生そのものなのである。
彼の魂、彼の人生の一瞬、彼の人生の時間、彼の人生そのものなのだ。
人のものを盗むということは、人間として最大、最悪の悪である。

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