南京事件叙述の決定的矛盾— 高山正之が示した一次記録の現実 —

戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之の論文を紹介する章。南京入城後の実情、当時の新聞報道、そして石川達三の文学作品に描かれた現地の風景が、中国側の大量虐殺主張と根本的に矛盾していることを明らかにする。

2016-04-21
以下は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之の論文を1月6日に紹介した章である。
文中強調は私。
当時の南京には市民は20万人もいなかった。
日本軍が入城後は平静に戻り、道端で支那人の床屋に髭をあたってもらっている日本軍兵士の写真などが当時の朝日新聞にも載っている。
中国が主張する毎日7000人ずつ六週間休みなく殺し続けた虐殺のそのさなかに報道班員としてやってきた作家の石川達三は、もちろん、そんな虐殺を見てもいない。
その後に執筆した武漢作戦では、そのときの南京の風景をベースにしたこんな下りもある。
野口伍長が一等兵に声をかける。
「ちんばをひいとるな。全快したのか」
「もう二、三日すれば全快します」
「今までどこの病院にいたのだ」
「南京にいました」
「南京は賑やかになっとるか」
「はあ、もうカフェでも何でもあります。ネオンサインがついております」
この稿続。

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