司法は誰のものか――原発差し止め判決と裁判官の越権

高浜原発の運転差し止めを認めた大津地裁判決をめぐり、裁判官による安全判断という司法の越権行為を批判する。戦後史観への迎合、出世意識、退官後の利害まで含め、日本の司法が抱える根本的問題を鋭く問う。

2016-04-27

以下は前章の続きである。
毎日新聞の浅海一男が捏造した「百人斬り」訴訟で、東京地裁判事の土肥章大は毎日新聞と朝日の本多勝一を無実とした。
土肥には猖獗する戦後史観に盾突いて日本無罪を認める勇気など毛ほどもなかった。
まだ先のある身、世間に迎合しておけば出世も順調と読んだか。
先日、活動家が出した高浜原発の運転差し止め請求を大津地裁の山本善彦裁判官が認めた。
山本は原発の安全を自分で審査して「不安がある」から運転中の原子炉を止めさせる決定を下した。
司法の驚愕の越権行為の裏には何かあるのか。
61歳裁判官は間もなく退官して弁護士になるという。
この決定はその手土産になるのか。
司法には昔から倫理も独立もない。

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