朝日新聞読者には永久に見えない現実──南京事件と教科書の構造

**朝日新聞**のみを購読する人々には決して伝わらない事実がある。
**産経新聞が報じた、ユネスコ**登録「南京大虐殺文書」の非公開問題と、日本の教科書における「事実化」の過程を検証し、戦後日本の歴史認識がいかに形成されてきたかを明らかにする。

2016-05-10

以下は朝日新聞などだけを購読している人たちは、永久に分からない事実である。
5月2日の産経新聞のフロントページと7面に掲載された記事である。
題字以外の文中強調は私。
虐殺説 教科書に浸透。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)は昨年10月、中国提出の「南京大虐殺文書」を記憶遺産に登録した。
「大虐殺」を示す文書や写真などで構成されているとされるが詳細は明らかになっていない。
中国が公開を拒んでいるためだ。
外務省の国際文化交流審議官、下川眞樹太は4月28日、自民党の部会で中国側が「技術的な問題」を理由に、登録資料の大半の閲覧を拒んでいると説明した。
登録資料は中国国内の公文書館などに保存されている。
外務省が一部施設で資料を確認した後、2月に検証を進めようとしたところ、態度を急変させたという。
このため、日本政府はいまだ登録資料の真贋性を検証できていない。
出席議員からは「都合が悪いから見せないのではないか」との意見も出た。
“証拠”であるはずの資料を中国がひた隠しにする「南京大虐殺」だが、今の日本の教科書には「事実」として掲載されている。
「日本軍は12月、南京を占領しました。
このとき、国際法に反して大量の捕虜を殺害し、老人・女性・子どもをふくむ多数の市民を暴行・殺害しました(南京事件)」
今年度から筑波大付属駒場中や灘中など最難関校を含め、30以上の国立、私立中で使用される「学び舎」(東京)の中学校用歴史教科書の記述だ。
東京書籍の中学歴史教科書も「女性や子どもなど一般の人々や捕虜をふくむ多数の中国人を殺害しました(南京事件)」と記載し、「『南京大虐殺』とも呼ばれます」と注釈を付けた。
「南京事件」は戦後、一貫して歴史教科書に記載され続けてきたわけではない。
東京書籍の中学歴史教科書の場合、昭和53年度用(52年検定済み)から「南京虐殺」の文字が登場した。
犠牲者数はこの時点では「おびただしい数」とあったが、その後、「20万以上ともいわれる」「中国では(中略)30万以上とみている」(59年度用)と記されるようになる。
「南京事件が初めて教科書に登場したのは、昭和49年度の中学校の検定の際であった」。
この稿続く。

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