南京事件はなぜ49年に教科書へ現れたのか──朝日新聞『中国の旅』という起点
昭和49年に突如として歴史教科書へ登場した「南京事件」。
その背景には、朝日新聞が連載し、社会的影響力を持った中国の旅の存在があった。
教科書調査官や研究者の証言を通じ、教育現場へ浸透していく言説形成の構造を明らかにする。
2016-05-10
以下は前章の続きである。
文中強調は私。
「以後、他社の教科書にも同様の記述が見えるようになり、次いで高等学校の日本史教科書にも及ぶようになっていった」。
文部省(現文部科学省)で教科書調査官を務めた時野谷滋は自著でこう述懐している。
49年は元朝日新聞記者、本多勝一による『中国の旅』の連載の3年後、ベストセラーとなった単行本出版の2年後に当たる。
歴史教科書における南京事件の記述を調べた明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次は解説する。
「教科書の執筆から検定までに通常1、2年かかることからすると、49年に突如、南京事件が教科書に登場したのは、朝日新聞が連載した『中国の旅』の影響なしには考えられない」。
もっと明確な形で「中国の旅」の影響を受けたのは、教科書に合わせた教師用指導書だった。
例えば実教出版の教科書「高校日本史」用の指導書(61年検定済み教科書用)は、本多の著作をこう強く推薦する。
「中国での日本軍の残虐行為は本多勝一著『中国の旅』『中国の日本軍』が必読文献。
とくに後者の写真は良い教材となる」。
『中国の日本軍』とは『中国の旅』の姉妹編で旧日本軍による「残虐行為」とした写真を多数、掲載している。
腹部が裂け内臓が見える女性の遺体や焼け焦げた遺体など思わず目を背けたくなる写真ばかりだが、そこにも中国のプロパガンダ(政治宣伝)の影響が色濃くうかがえる。
(敬称略)
この稿続く。