朝日新聞とは何か――論説委員が自ら示した正体
朝日新聞の論説に現れた言葉は、単なる意見ではなく、この新聞社が内包する思想そのものを表している。自虐・虐日思想に凝り固まった視線が、いかに日本と日本人を歪めて描くのかを明らかにする。
2016-05-12
つまり朝日新聞とは何か、ということを、この論説委員は見事に表現しているのである。
以下、昨日の朝日新聞の論説に補注する。
*焼け焦げた女学生の制服を見て、なにを思うか。
オバマ大統領の声が聞きたい。
そして、被爆者の声も聞いてほしい。
では、真珠湾に花を手向けなくていいのか。
中国とはどうか。
無念の死を遂げた異国の魂の声には、耳を傾けないか。*
これが、まともな日本国民の書いたものだと、誰が思うだろうか。
いわゆる自虐思想、あるいは虐日思想で、凝り固まった人間の頭脳である。
というよりも、これは日本が憎くて、憎くて仕方がないような思想に凝り固まった人間が書いた代物だと、言った方が正しい。
つまり朝日新聞とは何か、ということを、この論説委員は見事に表現しているのである。
例えば、それは様々な局面での大江健三郎の、日本国と日本人に対する発言と、まったく同じものである。
大江が朝日新聞を読んで育ち、これと一緒に生計を立ててきた、いわゆる文化人たちの代表選手であることは、言うまでもない。
私が若宮啓文を初めて報道ステーションで見た時、彼は、まったく話題にも上っていなかった田中角栄の名前を、口走った。
司会の古舘も、さすがに動揺していた。
私は一瞬、彼は痴ほう症にでもかかっているのかと思った。
しかし、そうではなく、頭の中が特定の言葉で一杯になった、歪んだ頭脳、異常な頭脳の結果なのだと、すぐに理解した。
あの本当に異常だった若宮啓文と、まったく同様の人間が、朝日新聞社内には、履いて捨てるほどいるということを、この論説委員は見事に証明しているのである。