「天才は閃く」という言葉に必要な重大な注釈
「天才は閃く、凡才は閃かない」という言葉の本質を掘り下げ、なぜ天才が閃くのかを問い直す。教条主義と権威主義に支配された思考と真の才能の対極を示しつつ、「女の21世紀」という概念の本来の意味を明確にする論考。
2016-05-15
私の周囲にいた親友たちは皆、
私の、次の言葉を、何度も聞いているはずである。
天才は閃く。
凡才は閃かない。
私は、この言葉には、重大な注釈を加えなければならない、
ということに、気がついた。
では、なぜ、天才は閃くのか。
それを、きちんと言わなければならない、ということである。
天才とは、何か。
天才とは、例えば――この例えも、極めて重大であるが――
朝日新聞やニューヨーク・タイムズの記者たち
(とりわけ日本支局長などは、言語道断なほどに低級で、まったく勉強の足りない男である)
そうした低能の存在とは、正反対にあるものである。
彼らが低能である理由は、言わずとも分かるはずだが、
あえて言おう。
彼らの頭脳は、本当に低級なのである。
教条主義。
これは、物事を、ただレッテル貼りで処理する頭脳だと思えばよい。
権威主義。
これは、極めて不勉強で、低級な頭脳しか持っていないことにも気づかず、
自分たちが、民主主義の、
いや、それどころか、この世の絶対権威者である、
という、とんでもない錯覚に陥っている頭脳のことである。
低級で、幼稚だからこそ、悪辣なのである。
だから同類項である、共産党の一党独裁者たちと同調したり、
簡単に操縦されたりする。
彼らについて書き出すと、きりがないので、ここで終える。
重大な天才論は、次章に譲るが、
彼らのことを書いた以上、
世界中の人たちに、
ここで、重要なことを、きちんと知らせておかなければならないだろう。
私は、
「女の21世紀」
という、これまたノーベル賞級の概念を書いて、世に出た。
そして今日、私は、その重大さを、あらためて再認識したのである。
ここでは、別の重要なことを言っておく。
女の21世紀とは、
本物の天才、
本物の才能を持った女性たちが登場して、始まる世紀のことである。
例えば、日本において、
本当に低級な朝日新聞の論説委員たちの受け売りを、
正義だと思い込み、
金切り声で、声高に、
常に、日本を貶め、
日本を虐げ、
日本を恥ずかしめる言動を繰り返している、
野党所属の女性議員たちのことでは、
断じて、ない。
彼女たちは、日本にとっても、
世界にとっても、
真実と、平和に対する、
脅威であり、害悪でしかない。
しかも、当人たちが、
その事実に、まったく気づいていないからこそ、
いっそう、害悪なのである。
これは、世界においても、
ほぼ同様であるはずだ。
この稿、続く。