神は公平である――だからこそ、かくも愚かな論説が生まれる
ニューヨーク・タイムズ東京支局長による日本批判を取り上げ、その認識が朝日新聞的論調と同質であることを指摘する。無知と教条主義が生む論説の危険性、日本理解の欠落、そして真に学ぶべき言論とは何かを論じる。
2016-05-16
だが、神様は公平なのだ。だからこういう愚かな論説が生まれるのである。
先日、gooで、一体、なんなのだと思う馬鹿げた記事を観た。ニューヨーク・タイムズ紙東京支局長のマーティン・ファクラーという、左翼崩れと言った方が正しいような男が、中国や韓国について言っているのならいざ知らず、あろうことか、世界最高の知性と自由を達成している国であり、私が発見した三つの理由に拠って、神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国である日本に対して、以下のような本当に噴飯ものの論説を、(幼稚園児以下のレベルであるとしか言いようのない頭脳であることも知らず)、堂々と発言していたことに、私は呆れただけではなく、もう許せないという怒りを覚えた。
この男の日本に対する認識と言うのは朝日新聞の論説そのものなのである。ニューヨーク・タイムズ紙東京支局は朝日新聞本社の中に在る。この男は朝日をただで読む特権を得ていることは無論だろう。だが、神様は公平なのだ。だからこういう愚かな論説が生まれるのである。
なんという不勉強なジャーナリストである事だろうか。マーティン・ファクラーよ、一度でいいから高山正之の著作を読んでから物を言った方が良い。君は、自分の愚かさ、不明を恥じて、二度と物が言えないだろう。
朝日新聞にどっぷり浸かっているこの男は、去年までの私と同様に、高山正之の事は全く知らないだろう。彼の著作は読んだこともないはずだ。朝日新聞は、彼の事は意図的に全く知らせて来なかったのだから。
いつの日か、ニューヨーク・タイムズ紙に対して、この世で最も厳しい批判を書こうと私は思うが、ここでは、この論文だけとする。
彼は、日刊ゲンダイというタブロイド紙、(こういう記事を掲載する所を見れば、この会社は、例えば全共闘崩れのような人間たちが主流の会社なのだろう)。
同時に、このような阿呆な事を堂々と、幾らでも語れる事実、掲載できる事実こそが、このファクラーなどという男の論説が、どれほどデタラメなものであるかを、彼ら自身が証明しているのである。彼らの、愚かで歪んだ、教条主義的な、権威主義的な頭脳は全く気付いていないだろうが。
以下が、このファクラーと言う、ファックユーのような名前の男の、本当に呆れた論説である。前文略。
いずれにしても、民主主義国家でこれほど異常な一党支配の国は私の知る限り、見たことがない。戦前と似ていると言う人がいますが、野党不在で政権と違う意見を許さないという雰囲気においては、似ているかもしれません。健全な民主主義に不可欠なのは議論なのに、それを忘れているとしか思えません。後略。
▽マーティン・ファクラー
1966年生まれ。ダートマス大卒業後、イリノイ大、カリフォルニア大バークレー校で修士。ブルームバーグ東京支局、AP通信東京支局、ウォールストリート・ジャーナル東京支局などを経て、ニューヨーク・タイムズ東京支局長。近著に「崖っぷち国家 日本の決断」(日本文芸社)。
*最後の著書は、この数十年、日本国が成すべきことを全くして来なかったと言っても過言ではない、外務省の元役人との共著らしい。