中国の辞書に「人権」は存在しない――石平論文を全員が読むべき理由
中国史と現代政治を貫く残虐性を、石平氏の長編論考から読み解く。毛沢東体制下の権力闘争、文化大革命の実相、そして「人権」不在の思想構造を具体例で提示し、日本と世界への警鐘を鳴らす。
2017-07-26
石平氏は中国に生まれた。私は日本に生まれた。
私は彼には常に、とても敬意を持っている。
昨年の紅葉の季節の事である。
嵐山で、言わば、正法眼蔵した石平氏と、京都に住んで居ない人間としては圧倒的な世界一の京都訪問者である私は、神様に引き合わされるようにして、
紅葉が見頃に変わった丁度その日、東福寺で邂逅した。
今日、発売された月刊誌WiLLには、中国の辞書に「人権」ナシ、と題した3段組み12ページに渡る、彼の論文が掲載されている。
日本国民と世界中の人の必読の論文である。
特に東京都民と仙台市民は、全員が今すぐに最寄りの書店に向かって購読すべきである。
世界中の人には、私が出来るだけ伝えるから。
中国人の残虐性は今にはじまったことではない。その証拠に…
白昼堂々の「拉致」
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以下は作日、発売された月刊誌WiLLに、中国の辞書に「人権」ナシ、と題して3段組み12ページに渡り掲載された石平さんの論文からである。
前文略。*~*は私。
毛沢東「殺人狂時代」
毛沢東政権末期、周恩来はガンを患いましたが、毛沢東は治療行為を許しませんでした。
それは自分が周恩来より先に死ぬことを恐れたからです。
周は秘密警察を握り、政府にも軍にも腹心が多くいる。
だから、自分が周恩来より先に死ぬわけにはいかない。
自分の配下の者が彼によって抹殺されて周の天下となるのを恐れたのです。
周自身にもそれはわかっていました。
だから最後は自分の治療を諦めたのです。
自分は毛沢東よりも先に死ななければならない、と。
ついに周恩来が1976年の1月に死に、毛氈東は9月に安心して死にました。
もし逆に毛沢東自身が重病であったなら、周恩来を抹殺したでしょう。
ここには残酷な政治権力の力学だけが働いています。
この稀代の殺人狂は、己の権力を守るためには人の命など眼中にない。
彼らのやっていることは人権問題以前の話です。
中国の為政者により今から50年前に発動された「文化大革命」と称する政治運動で何がおこなわれたか。
数千万人の餓死者を出した「大躍進政策」の失敗による権威の失墜を回復するために、毛沢東は十年に渡って中国全国民を恐怖政治に陥れました。
野心家の軍人林彪を使って軍隊を掌握し、四人組を党の中央に据え、無知な学生たちを煽って紅衛兵を組織しました。
加えて社会的下層のならず者たちを造反派に仕立て、狂瀾怒濤のごとく中国全土にわたって造反運動を展開したのです。
*共産党の指導者たちがやることは、日本の共産党においても全く一緒である事を、日本の具眼の士の人たちは皆、知るはずだ。
この間、安倍政権の政策に反対するために日本共産党が組織し、朝日新聞が大きな紙面を使ってヒーローに仕立て上げた学生政治団体のSEALDsは、毛沢東の紅衛兵と全く一緒であることに。*