慰安婦問題はいかにして作られたのか――事実と経緯を知らない日本人のために

本稿は、月刊誌「正論」掲載の Nishioka Tsutomu(東京基督教大学教授)による論考を再紹介し、慰安婦問題がどのようにして外交問題へと作り上げられたのか、その事実と経緯を明らかにする。朝日新聞 の誤報と政府対応、そして日本人自身が果たした役割に光を当て、多くの日本人が知らない構造を検証する。

2016-06-15

◎ 論文再掲の趣旨

以下は、月刊誌「正論」3月号に掲載された東京基督教大学教授西岡力氏の論文を再度ご紹介するものである。
私が、そうであったように、朝日新聞の購読者の大半と、多くの日本人は、事実と経緯を全く知らないはずだからである。
前文略

◎ 慰安婦問題はどのように生まれたか

「慰安婦問題」は朝日新聞などの誤報と調べもしないで謝罪した外務省の失策によって生まれたという主張を、この間私は繰り返し行ってきた。
確かに歴史的に慰安婦という存在はいたが、解決が求められる課題が残っているという意味での「慰安婦問題」は1990年代初めまではなかった。
慰安婦が外交問題になるという事態を中山議員が言うように「私たち自身がつくった」のだ。

◎ 朝日新聞の大キャンペーン

まず、朝日新聞が、事実に反する大キャンペーンを行って「多数の朝鮮人女性を挺身隊として戦場に連行して慰安婦にさせた」というウソを内外に拡散した。
外務省と官邸など当時の政府の政治家と役人がそのウソキャンペーンに動揺して、調べもせずに先ず謝罪を行い、あたかも「先祖がむごいことを平気でやった」ことを日本政府が認めてしまった。
それから、日本にとっての「慰安婦問題」は、内外に広がる事実無根のウソをどうやってなくしていくかという問題となった。
後略。

◎ 1992年論文から

以下は西岡力氏が、1992年に文芸春秋誌上に発表した論文からである。
前文略
先に結論めいたことを言えば、今回の従軍慰安婦問題の直接のきっかけとなった「韓国人戦争被害者」の訴訟に重大な役割を果たしたのは日本人なのである。
訴訟の原告探しにしろ、手続きにしろ、マスコミへのアプローチにしろ、そしてデモのきっかけ作りまでも、日本人が一役買っている。
被害者である韓国人の痛みを加害者である日本大が代弁し、訴えるーこうした出発点からの歪んだ構図が、従軍慰安婦問題を複雑にし、不透明にしている。
私にはそう思えて仕方がない。
さらに言えば活発な報道活動を行った朝日新聞をはじめとしたマスコミが、その運動に積極的に屑入れする一方、誤報を重ね、事態をいよいよ悪化させたことも見逃せない。
まずは今回の取材で集めた事実を積み重ね、ことの起こりから順序立てて説明していくことにしよう。

◎ 訴訟をはじめたのは誰か

訴訟をはじめたのは誰か
一九八九年五月、風変わりな意見広告が『朝日ジャーナル』五月十九日号に掲載された。
題して「日本国は朝鮮と朝鮮人に公式陳謝せよ」。
この広告の依頼主は「朝鮮と朝鮮人に公式陳謝を百人委員会」という九州・大分市に事務局を置く組織。
意見広告の内容は日韓併合による二十六年間の日本の植民地支配を糾弾し、その奴隷的支配によって被害を受けたすべての朝鮮人および朝鮮に対して日本は公式に謝罪せよというもの。
この広告はこれ以降十二月まで隔週で十五回にわたって掲載された。

◎ 引用

一節を引用しておこう。
「その他軍人・軍属・労務者として死傷した者に対して、従軍慰安婦として戦場に投入して、言うに耐えない犠牲に供して置きながらこれらの者たちに対して『この人たちはもはや日本人ではない』の一言で一銭の補償も行わず、『気の毒な事をしました』の慰めの言葉もないままに四十余年が過ぎた。日本国は戦争によって被害を与えた全ての人々に対して陳謝すべきは当然の事として、なかんずく、朝鮮人及び台湾出身者に対して国家と国民の名をもって公式に陳謝し、その犠牲に対しては、日本国民と同等、それ以上の補償を行わなければならない、と我々は考えます」

◎ 原告探し

八九年十一月十九日~二十二目の四日間、大分市に住む日本人主婦青柳敦子氏が韓国を訪問した。
訪韓の目的は、韓国人戦争犠牲者の中から日本政府を相手どって「公式陳謝と賠償」を求める裁判を起こす原告になってくれる人を探し出すこと。
青柳氏は先の意見広告を出した「百人委員会」のメンバーの一人で、事務局として記された住所が青柳氏の自宅であることからも分かる通り、いわば事務局長のような存在だった。
訪韓に際して、青柳氏が用意したのはこの意見広告のコピーと韓国語の訳文。韓国語を話すことのできない青柳氏はこの訳文を頼りに裁判の原告探しをするつもりだった。

◎ 背後関係

青柳氏たちのグループは以前から、朝鮮人問題に対して活発な活動を展開していた。
そのグループの実質的リーダー役を務めるのは在日朝鮮人の宋斗会氏という人物。
青柳氏はこの宋斗会氏に私淑し、宋氏の進める日本を告発する運動の事務局長的役割をずっと果たしてきたのである。

◎ 国籍観

宋氏の主張は、民族的誇りを強調する他の在日韓国・朝鮮人たちとはかなり違っている。
日本国はなぜ戦前「日本国臣民」であった自分たちを外国人の範疇に入れ、冷遇するのか、というのが宋氏の考え方の核心である。
日本が一九五二年に独立を回復した際、法務省局長通達によって当時日本に住んでいた旧植民地人の日本国籍離脱が決められたが、宋氏は、それは認められないと言う。
彼は自分をはじめ在日朝鮮入は現在も日本国籍を有していると主張して、これまで何度も日本国籍確認裁判を起こしてきたのである。

◎ 主張の拡張

さらに宋氏は、私の問いかけに対し「現在朝鮮半島に住んでいる朝鮮人にも潜在的に日本国籍があるとみなすべきだ。日本国は韓国政府との関係などがあろうがなかろうが、日本国臣民として戦争に動員して犠牲を強いた者に対して公式陳謝し然るべき賠償をすべきだ。
また国際情勢の変化などのため現在本国に住んでいる朝鮮人が日本に住みたいと考えた場合は、その国籍が認められるべきだ」とも語っている。

◎ 特徴

主権国家としての韓国のとった政策や行勣に対する考慮をまったく欠いて、加害者「日本国」対被害者「朝鮮民族」という枠組みだけからすべてを見ようとするところに、宋氏や青柳氏らの特徴がある。
後略。

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