「性奴隷」というレッテルの虚構――日本史と慰安所の実態を無視した誤認

「性奴隷」という言葉が国際社会で定着していく過程と、その前提が日本の歴史・文化・慰安所の実態といかに乖離しているかを検証する。
奴隷制の定義、日本社会における身売り・年季・身請け制度、軍慰安所の運営実態を踏まえ、「性奴隷」論が事実に基づかないレッテル貼りであることを明らかにする。

2016-07-03

以下は、では「性奴隷」とは誰が言い出したのか。の続きである。
文中強調は私。
日本政府は当初、慰安婦の強制連行や虐殺、さらには「セ・ツクス・スレイブ」という用語が入った報告書に徹底反論する文書を用意しながらなぜか撤回し(「幻の反論書」)、報告書は「データ・ノート(留意)」という低い評価ながら採択されてしまった。
そして日本軍慰安婦は性奴隷」というレッテルは国際社会に広がり、二〇〇七年にはアメリカ連邦議会の下院で、「セックス・スレイブ」という言葉で日本を非難する決議がなされるに至ったのだ。
では慰安婦は本当に「セックス・スレイブ」だったのか。
「スレイブ」、つまり「奴隷」とは、主人の所有権の対象になるということだ。
しかし、日本社会には長い歴史を通じてそのような奴隷制は存在しなかった。
貧困のための身売りも、借金返済のためだった。
女性が身売りされて遊女となっても、決まった年季が明ければ廃業できた。
身請け制度もあって、誰かが借金を帳消しにすれば廃業できた。
雇用主からみて遊女は所有権の対象ではなかったのだ。
欧米のように自由人や農場主が奴隷を完全に所有し、売買するような身分制度はいつの時代にもなかった。
しかも日本軍の慰安所は民間人が輊営し、貧困のために売られた女性が働き、お金を返せば廃業できた。
民間の私娼窟よりも衛生管理が徹底され、経営者が搾取しないように官憲が目を光らせ、慰安婦が誘拐された女性ではないかということまでチェックしていた。
「性奴隷」というレッテルは、こうした日本の歴史や文化、慰安所の実態を無視したデマに過ぎない。
この稿続く。

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