例によって、寅さんの失恋が明らかになる場面での会話のことだった。
『男はつらいよ・柴又慕情』を久しぶりに観た夜、寅さんの失恋が明らかになる場面と、同時刻に放映されていたオリンピック映像が奇妙な共鳴を見せた。
演技、涙、人生の選択、そして日本人の感情の在り方についての静かな考察である。
2016-08-22
例によって、寅さんの失恋が明らかになる場面での会話のことだった。
昨夜、録画していた「男はつらいよ。柴又慕情」を観た。
私が全シリーズを何度も観ている事は読者はご存知の通りである。
この作品については、幸いなことに、ディテールの多くを忘れていたから新鮮な気持ちで見ることができた。
全く奇妙な偶然だったのだが、あまりの偶然に、私は呆気にとられた。
例によって、寅さんの失恋が明らかになる場面での会話のことだった。
この作品を通して見事な演技を見せていた女優が、さくらの家に招待されて、彼らと話した結果、小説家である、やもめの父親の面倒を見る生活から離れて、愛知県で陶器制作職人をしている、5年越しの恋人と結婚する決意を初めて持った経緯を寅さんに語る。
この時、この女優は、嬉しいのに涙が流れてくる、可笑しいわね、と言う。
私は、2台のテレビを上下においてテレビを観ている。
上のテレビではオリンピック特集を放映していた。
上記の場面で、女優が涙を流している、正に、その時、上のテレビは卓球の福原愛が涙を流していた、あのシーンを放映していたのである。
「嬉しいのに涙が出てくる…」
この女優は、私も長い事、愛していた女優だったが、今は、私が、強烈な批判を、日本で初めて書いた人間である事は、読者はご存知の通り。
今の彼女が、朝日新聞に準じた、いわゆる文化人の代表格を務めてきた事は、全く、愚かな態様なのだが、この作品の時の演技とは何にも関係がないことは言うまでもない。