批判から政権打倒運動へ――東京新聞が辿った転落の道

東京新聞は社内で異論を封じながら、対外的には「異論に耳を傾けよ」と唱えるダブルスタンダードの新聞へと変質した。権力監視を名目にした政権批判が激化し、ついには政権打倒の政治運動に踏み込む記者まで現れた経緯を検証する。

2017-08-02
以下は前章の続きである。
安倍嫌いの理由
それから数年を経て「ニュース女子」騒動があり、先に述べた降格人事に繋がった。
その結果、東京新聞はいまに至っている。
社内ではあからさまな異論封じをしておきながら、政権に対しては「異論に耳を傾けよ」というご都合主義、綺麗事を言うダブルスタンダードの新聞になってしまったのだ。
私が社説の執筆を禁じられた頃から、東京新聞の左傾化は一段と激しくなった。
かつては、ヒラ記者が編集局長を紙面で批判しても許されるような自由闊達な新聞だったが、いまやそんな面影はまったくない。
なぜか。
その後の編集局幹部が、安倍政権批判を紙面作りの基本方針にするようになったからだ。
私は他社のベテラン記者から、「東京新聞の記者が『ウチは安倍政権を批判する。それ以外の記事はいらないと編集局長が言っているので、批判記事しか書けない』と言っている」という話を聞いたことがある。
私は「安倍政権批判が社の方針」という話を直接、社内の人間から聞いたことはない。
論説の人間であり、編集局の事情も知らない。
ただ、東京新聞編集局が「権力監視報道」を売り物にしているのは知っている。
たとえば2017年4月6日付の東京新聞は、同紙が設置している「新聞報道のあり方委員会」の議論を報じるなかで、当時の菅沼堅吾編集局長が「本紙の権力監視報道への意見を聞きたい」と述べて、権力監視が紙面の基本方針であることを明らかにしている。
権力監視といえばもっともらしいが、実際に彼らがやっているのは政権批判だ。
そしていまや批判が嵩じて、政権打倒の政治運動に踏み込んでしまった記者まで現れた。
いったい、どこでどう間違ったのか。
この稿続く。

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