反日を政権維持の装置とするファシズム国家群と、称賛に溺れる知の劣化
産経新聞の日曜コラム「新聞に喝!」(正高信男・京大教授)は、称賛欲求に絡め取られる人間心理を手がかりに、メディア露出に酔う学者や運動の危うさを解剖する。
反日を政権維持の目的として憎悪を煽る国家群から日本を守るための法整備を「戦争法案」と矮小化する論法の幼稚さを、学術的視点から照射する。
2016-09-12
以下は新聞に喝!というタイトルで連載されている産経新聞日曜日の昨日のコラムからである。
筆者は京都大学霊長類研究所教授正高信男氏。
この記事は、リオオリンピックが始まった時に、私が書いた論説を、学者として完璧に裏付けしてくれたとも言える事に、読者は気づくはずだ。
朝日新聞社に同調して来たいわゆる文化人たちの代表選手の一員である学者たちが、安倍首相が、今、そこにある現実を直視して来た人間だからこそ、成しえている事、つまり政治家の務めである、私利私欲などから離れて、ただひたすら、日本国を強く大きくして、世界最高の知性と自由を達成している平和国家であり、民主主義国家である日本を、
反日を自分たちの政権維持の目的として日本に対する憎しみを国民に煽ってきたファシズム国家群が、その本質である力に対する信奉のみの哲学で、我が国を侵略しようとする企みから、
日本国と日本国民を絶対的に守るためには、あまりにも不備すぎる法律を整備したことに対して、戦争法案などという、本当に愚かで、幼稚園以下と言っても全く過言ではない、運動を主導して、壇上に勢ぞろいした、これまで私たち国民が全く知らなかった大学教授と称する人間たちについても、見事に解説している。
文中強調は私。
霊長類研究所という名称の組織で働いていると、「サルと人間の次元的な違いは何なのですか」という質問を受けることが珍しくない。
心理・行動が専門である私は、こういうとき、「サルも人間並みに複雑な学習ができるものの、何を励みにそれをするかが根本的に異なるのです」と答えることにしている。
サルの行動原理は食物や異性の獲得に尽きるのに対し、人間は広く周囲に注目され称賛されることをめざして頑張るのである。
しかも、これは人間の性となって心にしみこんでいて、社会から認められる快感から抜け出すことは、私たちにとって不可能に近い。
大学の教授が、いったんテレビのバラエティー番組に出演し始めると、のめり込んでしまうというのが典型である。
自分で言うのも何だが、そもそも学者など、世間知らずの専門バカが大半である。
メディアにちょっとちやほやされると自制がきかなくなり、本業である学問や研究の質が下がってしまうという本末転倒の事態を招くことも多々あるのだ。
リオデジャネイロ五輪で活躍する日本人選手についての報道ぶりを見ていて、同じような危惧を抱いた。
五輪報道の派手さは、技能を競うという意味では同じはずの競技ごとの世界選手権などとは比べものにならない。
テレビも新聞も、培ったワザを披露する選手たちについて大々的かつ詳細に伝える。
結果として、五輪で活躍すればテレビ出演やCMのオファーなどが殺到し、第二の人生の可能性も開けるのだ。
スポーツ選手にとって勝つ目的は、単にメダルを得ることであってはならない。
勝ち負けを越えた精神的な充足を目標とすべきであると、かねて指摘されてきたことである。
ところがここにやっかいな問題が生じてくる。
私の一部同業者がそうであるように、社会的に承認される生活に快感を覚えはじめると、人間は自らの振る舞いをより目立つように変化させていくという本能がある。
実はそれがしばしば、動物としての闘争心を奮い立たせる必要がある場面でネガティブに作用する。
多くの種目でパフォーマンスを阻害する要因となることが知られており、スポーツ選手にとっては重大だ。
実績や評判通りの活躍ができなかった選手には、この可能性を疑ってみる必要がある。
スポーツ選手に技能向上を目的とするトレーニングをすれば、それで事足りる時代は終わった。
メダル獲得後の振る舞いも含めたメンタル面の訓練を考えることも必要だ。
無関係に見えて実はそれが、さらなるメダル獲得にもつながる。
新聞はじめ報道する側の人間もまた、意図しないまま選手の足を引っ張っているかもしれないことに、もう少し思いを巡らせてみてはどうだろうか。
〈まさたか・のぶお〉昭和29年、大阪市生まれ。
大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。
学術博士。
専門はヒトを含めた霊長類のコミュニケーションの研究。