日本はなぜ世界を変えたのか— クォーツ時計と独り我が道 —
高山正之の連載コラム「変見自在」を通して、日本が国際競争の中で独自の技術革新を成し遂げてきた理由を描く論考。
クォーツ時計、精工舎、ヤンマーの事例から、日本の創造性と世界史的意義を浮かび上がらせる。
2016-10-01
私は、高山正之は、戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであると何度も言及してきた。
以下は今週号の週刊新潮の彼の連載コラム「変見自在」からである。
蓮舫的新聞
例えば製鉄の歴史を見ると、まずスウェーデンがいい鉄を売ったが、英国がコークスを使ったもっと純度のいい鉄を売り出した。
それを刺激に欧米各国で新しい炉を研究し、平炉や電気炉、熱風吹込み式のベッセマー転炉などが次々登場してきた。
競い合いは発明の母だ。
その点、日本は周りが支那朝鮮。
いい刺激は一切ないから結局、独り我が道を行く定めにあった。
だから、今の歩行型ロボットにも匹敵する絡繰り儀右衛門が出たところで、さてそれをどう兵器化するかとかの発想はなかった。
日本は昔から平和だった。
それでも国際社会で目標が設定されれば日本は強い。
ピエール・キュリーが水晶に通電すると正確な振動をすることを発見する。
それを使えば正確な時計ができる。
世界中の時計屋がクォーツ時計を目指したが、装置は箪笥より小さくならなかった。
箪笥をしょって「正確な腕時計」もない。
世界が諦めたとき、我が精工舎が箪笥をとうとう腕時計の中に入れてしまった。
精工舎はその特許をただで世界に公開した。
せこいビル・ゲイツとは違った。
箪笥の何倍もあるディーゼルの小型化ではヤンマーの山岡孫吉が成功した。
今は世界の車がその恩恵に浴すが、ワーゲンは山岡式エンジンに加え、排ガス規制逃れのアプリを付けて特色を出している。
ただゴールがあると強い日本も枠を超えたアイデアには問題があった。
その凄さを、周りとくに役所が理解できなかった。
この稿続く。