「以徳報怨」という神話— 蒋介石発言をめぐる戦後日本の致命的誤解 —

黄文雄の論考より、蒋介石の「以徳報怨」発言が戦後に作られたプロパガンダであることを検証。
儒教思想における孔子と老荘思想の決定的差異を示し、日本の保守層に広まった誤解の構造を明らかにする。

2016-10-12
以下は黄文雄さんの、3月に発売された別冊正論26に掲載されていた、世界の無知とは違う、本物の知性の論文の続きである。日本の多くの人が全く知らなかった史実の数々、勿論、世界の人たちは全く知らなかった史実の数々である。
「以徳報怨」に対する悲しい誤解。
戦後日本の保守層には、蒋介石主席の「徳を以って怨に報いる」発言を信じ込んでいる者が多い。
私も台湾では小中高校時代から、耳にタコができるほど聞かされてきた。
話の出所はっきりしないが、結論を書けば、国民党政府のプロパガンダとしての作り話、イカサマである。
「伝聞」はわんさとあるが、終戦前後まで支那派遣軍の重慶政府からのラジオの傍受記録にも、文字記録にもなかったし、第一、内外の情勢はそれどころではなかった。
国民党軍が追い詰めた共産党の紅軍は、いつしか百万人に膨らんだ。終戦当時、南京政府の汪兆銘はすでに亡く、残る反蒋派は「漢奸」裁判で済んだが、問題なのは宿敵の閭錫山や李宗仁らが生き残っていた。
国共内戦に敗けた後、蒋介石は台湾、残りはアメリカに逃れた。
腹心の陳誠は先に台湾に上陸し、続々敗退する蒋派以外の国民党軍は上陸させず、海に追い落としていった。
別系の友軍を上陸させると後患を残すため、海の藻屑と消し去る方が都合が好かった。
トルーマン大統領が第七艦隊による台湾防御を発言するまで、蒋親子は「台湾も駄目ならアメリカまで」と考えたほどで、とても「以徳報怨」など神話のような話を口にする余裕はなかった。
蒋は「四維八徳」の道徳教育を唱え、儒家思想を保護したが、「徳を以って怨に報いる」のは孔子の主張ではない。
むしろ逆である。
ある人が「徳を以って怨みに報いるは、如何」と孔子に尋ねると、子曰く「何以報徳、以直報怨、以徳報徳」(『論語』)。
「怨を以って徳に報いる」は老荘の思想で、孔子ははっきり「怨みに徳を以って報いるならば、徳には何を持って報いるのか。怨みにはそれに相応しく(怨みで)報い、恵んでもらった徳には徳を以って報いるのが好い」と答えた。
つまり「老荘の『以徳報怨』では損をするばかり」という損得勘定である。孔子はどららかというとイスラムの「目には目を、歯には歯を」であり、老荘はキリストの「右の頬を殴られたら、左の頬を差し出せ」という考え方に近い。
この稿続く。

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