ビートルズであり、ボブ・ディランだった— 私の人生に常に在った響き —
吉田秀和の死をきっかけに語られる、
音楽評論ではなく、人生に直接響いた音楽の記憶。
ビートルズ、ボブ・ディラン、そしてその後に続くバンドたち。
評論ではなく「生きられた音楽」が掴んだ心の核。
2016-10-14.
以下は2012/5/29からである.
昨日、吉田秀和が死んだけど….
有無.
あなたは、かなり長い間、彼の音楽評論を読み続けていたんでしょう.
有無.高校生時分に、一日中、NHK・FMを聴いて、クラシックの世界に逃げ込んでいた頃があったから、その後、朝日新聞に定期連載されていた彼の評論を読みだしたのだよ.
得る所はあった?
有無.有ると云えばあるし、ないと云えば無いかな.
何故?
私は、彼の評論を通して音楽を知ったり感じたりしたことはないからさ.
私の心を掴んだのは、…私の心に響いて、私の人生のそばに何時も在ったのは、…ビートルズであり、ボブ・ディラン、それと、彼らの後に続いているバンド達の響きだったからさ.
土曜日の日も、ここのバラ園の棚の向かいから、練習中なのか、オーディオなのか、凄く良い、パンクロック風の音楽が流れていて、とても気になったんだよ.