マニラ市民を守った日本軍と大虐殺を隠蔽した米国 —— 嘘で作られた戦後史
日本軍はマニラ進駐時に民家を接収せず競馬場に宿営し、米民間人を解放した。一方、米軍は無差別爆撃で10万人を殺害しながら、その罪を日本に転嫁した。高山正之が暴く、戦後史に刷り込まれた決定的虚偽。
2017-08-09
対して日本はマニラに進駐してもフィリピン人の家を接収せずに競馬場に宿営した。
高山正之は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであると何度も言及して来た。
彼は月刊誌正論に巻頭コラムを連載しているのだが、先日、発売された今月号でも、私の言及が全く正しい事を証明する見事な論文を書いている。
文中強調は私。
「日本人が残虐で残忍な民族であったことは明らかな事実だ」とヘレン・ミアーズは「アメリカの鏡・日本」の中でいう。
何を根拠にそう言い切るのか。
彼女はマッカーサーが「米軍のレイテ上陸前、日本軍は2千人のフィリピン人集落を襲って子供に至るまで虐殺した。米軍が急行したが間に合わなかった」と語った事例を挙げている。
馬鹿をお言いでない。
だいたいフィリピン人虐殺は米国の十八番ではないか。
マッカーサーが上陸したレイテ島にしたって、その僅か40年前にマッカーサーの親爺アーサーが隣のサマール島といっしょに島民の皆殺しを指令したところだ。
「ただし10歳以上に限る」と条件を付けたが、作戦終了後の報告書には「10歳以下は1人もいなかった」とある。
米軍は赤ん坊も含め両方の島で10万人をみな殺しにした。
息子ダグラスの時代も同じ。
日本軍が上陸すると聞いて米軍は泡を食ってバターン半島、さらにはコレヒドール島にまで逃げ落ちていった。
「私はバターン死の行進を歩まされた」と嘘の八百もついてきた戦車隊員レスター・テニーが先日、鬼籍に入った。
彼は自伝でこのバターンの折、道々「フィリピン人を見かけたらみな撃ち殺した。なぜなら我々には日本人と彼らの区別がつかないからだ」「集落があると一軒ずつ戦車砲で破壊し、住んでいる者を皆殺しにしていった」と告白している。
対して日本はマニラに進駐してもフィリピン人の家を接収せずに競馬場に宿営した。
米軍との決戦が迫ると抑留していた米民間人など3500人を解放した。
米軍はフィリピン人と日本軍だけになったマニラ市を無差別爆撃し、10万人を殺しておいて「日本軍がマニラ市民を大虐殺した」と東京裁判で主張した。
ヘレン・ミアーズはまともだと言われるけれど、不勉強すぎて大きな間違いを犯した。
インディアンを殺しつくし、黒人奴隷を使って恥じない。
そんな国を映す鏡が日本であろうはずもない。
マッカーサーも日本に来て、その辺の嘘をどうするか悩んだ。
小狡い男が思いついたのは印象操作だ。
朝日新聞を使って日本は残虐だったと言い募らせ、その一方で「米国は京都を守った」「米軍はハーバード大のラングドン・ウォーナーの文化財リストに従い、あの絨毯爆撃から京都を外したからだ」と尤もらしく書かせた。
真実は京都が原爆投下の第一候補地で、投下地点も梅小路操車場上空と決まっていた。
だから通常爆撃をやらなかっただけの話だ。
日本人はそんな嘘でもころり騙されて奈良や鎌倉までウォーナーのおかげですと顕彰碑を建てて「米国人はいい人」を信じた。
米国人が支那人以上の嘘つきということを日本人は知らなかった。
そしたら支那もウチの学者、梁思成が米軍に働きかけ、奈良を爆撃から助けた。
それを記念して梁の像を寄贈したいと言ってきた。
ただ相手が支那人で、間を取り持ったのがあちらの手先、平山郁夫だったからだれも信用しなかった。
「白い支那人」は信じても「黄色い米国人」は信じない。
日本人の白人崇拝をくっきり示した一例だ。
この稿続く。