夢想疎石の命日に天龍寺で
嵐山を日常の庭とする筆者が、快晴の朝に天龍寺を訪れ、偶然にも夢想疎石の命日に立ち会った体験を綴る。帰途に受け取った『WiLL』誌と『晏子春秋』の一句が重なり合う瞬間を描く。
何事かと尋ねれば、なんと、今日は夢想疎石の命日だと言うではないか。
2016-10-30
私が嵐山をわが庭としている事は世界中の読者もご存知のとおり。
先日、NHKの特集番組で嵐山のモンキーセンターが海外からの観光客に(特に猿の棲息北限よりも高緯度にある欧州の人たちに)とても人気がある事を放映していた。
私は、ここの入り口の前は何度も通るのだが、一度も行った事はなかった。
岩田山から下りて来た猿には二度ほど遭遇した事があるのだが。
今日は快晴の天気予報だったから朝早くに嵐山に向かった。
受付で、急な坂道を20分ほど歩くとの案内板を見て、今日は中止する事として、天龍寺の庭に向かった。
今年の5月時点ですでに50回の訪問回数を超えている私は、受付の係に、住職に年間パスを発行するように言ってよ、と、いつも軽口をたたいて入る。
いつもとは違い、道場とつないだ通路に数名の係員がいる。
何事かと尋ねれば、なんと、今日は夢想疎石の命日だと言うではないか。
読者はご存知のように、私は夢想国師に、とても親近感を感じている。
だからこそ、この数年間、世界一、訪問しているのである。
彼の命日に遭遇したのは今日が初めてだったはずである。
さて、帰途の電車の中で、友人が今月号のWiLLを手渡してくれた。
「あなたの論文と響き合っているよ」と。
巻頭の加地伸行さんの連載コラムの恒例の表紙の4行を読んだ途端に、私もそう思った。
死を軽んじて以て礼を行ふ。
之を勇と謂ふ。
暴を誅して彊を避けず。
之を力と謂ふ。
『晏子春秋』諌上
この稿続く。