日本は誰に「片務的同盟」を求めるのか ― 国防を他国に委ねるという錯覚
「国民を守る」ことは国家の最重要かつ基本的な義務であり、他国の義務ではない。米国の世論や国際情勢は変化し得る以上、日本が自主防衛を怠ったままでは、将来いかなる国にも片務的な軍事同盟を求めることはできないという現実を突きつける。
日本は他のどの国に「自国は守って欲しいけど、相手の国を守らない軍事同盟」を要求する気か。
2016-10-31
以下は前章の続きである。
「国民を守る」のは最も重要で基本的な国家の義務。
断じてアメリカの義務ではない。
我々国民は、国家に“一番大事な仕事をサボるな!”と言う権利がある。
アメリカに言うのではない。
日本という国に言うべきなのである。
アメリカの世論も移り代わるし、世界情勢も指導者も代わってゆくのだから、いつかアメリカが中国やロシアを脅威と認識しなくなる日がくるかもしれない。
その時アメリカが“現在、自主防衛に移行させようとしてる韓国”のように、日本との安全保障も“賞味期限切れ”とした場合に、日本は他のどの国に「自国は守って欲しいけど、相手の国を守らない軍事同盟」を要求する気か。
まるで“親の不幸や心変わりで突然仕送りを打ち切られた道楽学生”のように、突然ある日「自分の力で生活できていなかったという情けない現実」に気付かされ、「他に誰も助けてくれない」と理解した時、やっと「自分で働く」ようになるのか。
ただし、学生なら次の日からバイトをすればいいだけだが、国防というのは国民への周知も予算確保も法案の検討や審議も訓練などの実質的な準備も一朝一夕にはいかないのである。
この稿続く。