だから言われっぱなしであり、言う側からすれば言い放題なのである

国家が国民を守る意思を持たないまま、国防議論を避け続ける日本の現状を批判する。自衛を考えることすら「右傾化」と揶揄するメディア風潮が、思考停止と一方的な恫喝を招いている現実を指摘する。

だから言われっぱなしであり、言う側からすれば、言い放題なのである。
2016-10-31
以下は前章の続きである。
国家に国民を守る意志があれば「いかにして日本を守るか」「いかにして“ボタンを押す自由”を奪うか」について何らかの方策が確立されるまでは国家の最優先議題になっていてしかるべきである。
だが現在の日本はそのレベルにすら達していない。
世界中の誰がどうみても「軍隊にしか見えない自衛隊」、それも英語表記では『Japan Self-Defense Forces(日本自衛軍)』という組織をいまだに軍隊とは認めず、新聞等のメディアは“自衛を考えること”だけで「右傾化」と揶揄する。
(※自衛することは思想でも何でもないので、右派や左派などの概念とは無関係である)
戦争や軍備どころか、地域紛争や揉め事を「極度に」恐れて逃げ続けているのである。
「考えたくない、議論したくない。面倒臭いし」という風潮は、メディアが嬉々として「考えるべきではない、議論すべきではない。…アジアに信頼されるために」という無責任で、いかにもそれらしい、一見すると平和的な言葉に変えてゆく。
だから言われっぱなしであり、言う側からすれば、言い放題なのである。
この稿続く。

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