日本が武装すれば「必ずいじめる側になる」という決め付けの欺瞞
国防と安全保障を「いじめ問題」にたとえ、日本が武装した場合に必ず加害者になるとする左翼・中韓の主張の非論理性を検証する。
現実と理想の双方を見据え、日本が目指すべき強さの在り方を示す一章。
しかし左翼や中国・韓国人の主張は、日本が武装した場合「必ずいじめる側になる」と決め付けている。
2016-10-31
以下は前章の続きである。
文中強調は私。
国防についてのいろいろな考え方や選択肢についても、先ほどと同様に“いじめ問題”にたとえてみると簡単な言葉で説明できる。
いじめには、必ず「強者と弱者」がある。
そこで確かなのは「強ければ、いじめられる可能性は低くなる」ということ、そして「潜在的にいじめられる可能性があるのは弱い側にのみ」ということだ。
そして、いじめる側といじめられる側の二元論のみにこだわらないように見れば、実際には様々な立場があり、「いじめられたくないので、関わらない者」や「いじめなければ、いじめられてしまう者」などがいると気づく。
弱い者が全ていじめられる側ではないが、強い者も全ていじめる側というわけではない。
しかし左翼や中国・韓国人の主張は、日本が武装した場合「必ずいじめる側になる」と決め付けている。
彼らの主張の根拠はいつも「過去の戦争と反省」だ。
だが、そもそも彼らのいう過去の歴史には多くの捏造や誤解があるし、戦後60年国際貢献と平和主義を貫いた国民が突然「いじめる側」になるとは思えない。
さきほど引用した台湾人・金美齢の本に“日本が中国の覇権を抑えることで台湾や東南アジアの国々も安定と安全が確保される”という意味の言葉があった。
その他、数多くの事例をみても、中国が「とても強く、いじめる者」なのは否定しようがない。
今の日本は「弱くはないが、力を行使できず、いじめられる者」だ。
それならば、さしあたって日本は「ある程度強く、いじめない者」を目標にし、ゆくゆくは「誰かをいじめから守れる者」を目標にして努力していけばいい。
綺麗ごとのようだが、未来を語るなら、現実だけでなく理想も忘れてはならない。
その両方を見る、ということが日本人には必要だし、可能だと思われる。
この稿続く。