日本でこのような人物が政党の党首になることは考えられるのだろうか。— 共産主義体制の残滓としてのブルガリア政治 —

ブルガリアでは、共産党体制下で形成された特権階級やKGB関係者、犯罪組織と関係を持つ人物が、現在も政治・メディア・ビジネスの中枢に存在している。日本では到底考えられない政治風土の実態を、具体例を挙げて明らかにする。

日本でこのような人物が政党の党首になることは考えられるのだろうか。
2016-11-06
以下は前章の続きである。
見出し以外の文中強調は私。
現在のブルガリアで、ボコバのような人物は珍しくなく、中には犯罪組織と関係のある政治家もいる。
2001年、元国王シメオン2世(シメオン・サクスコブルグ)率いる連立政権が樹立し、サクスコブルグ政権が発足した。
この時の財務大臣だったミレン・ヴェルチェフも、父親はジフコフ時代に著名な外交官であり、祖父も影響力のある共産党政治局員だった。
ヴェルチェフは外務大臣の在任中に、ブルガリアで最も強力なマフィアの幹部と一緒にヨットに乗っているところを写真を撮られ、大きなスキャンダルになった。
このマフィア幹部は数年後に銃撃されて死亡した。
また、現在はブルガリアメディア界の大物で大学教授のデミタール・イワノフは、共産主義政権時代に反体制派を暴行、投獄、迫害したことで悪名高いブルガリアKGBの最後の長官だったが、起訴されることなく現在に至っている。
日本の人たちには理解しがたい話かもしれないが、現在のブルガリア政権の要職を占める政治家のほとんどは元共産党員である。
ボイコ・ボリソフ首相は父親が共産党政権下で内務省の幹部だった。
ボリソフ自身も、ジフコフの独裁支配が崩壊し、共産主義から社会党に移行する過程においても共産党党員の立場を維持していた。
彼は1991年、ジフコフ議長のボディーガードになり、その後もシメオン2世のボディーガードとして仕えた。
ボディーガードとしてのキャリアがこの後のボリソフの出世の道を開いた。
ブルガリア大統領のロセン・プレヴネリエフは共産党時代にある都市の共産主義青年団の要職に就いていた。
彼の父親は同じ都市の共産党委員会で宣伝活動推進の主要人物の一人だった。
トルコ系少数派が支持する政党「運動の権利と自由」はつい最近まで、筆者の大学の同級生だったトルコ系ブルガリア人のアマメド・ドガンが党首だった。
ドガンは1980年代半ばにトルコのテロリスト組織のメンバーで、数人が殺害された事件に加担し逮捕された。
その時のことをいまでも鮮明に覚えている。
彼は数年間刑務所に服役していたが、ジフコフ政権の崩壊後に釈放された。
その後公開された文書でわかったことは、ドガンはブルガリアKGBのエージェント(工作員)だった。
日本でこのような人物が政党の党首になることは考えられるのだろうか。
ブルガリアではこのような疑わしい人物がメディアやビジネスで成功している。
ボコバもこのような仲間の一人なのだ。

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