「溺れる者、藁をもつかむ」英国 ― 中国を見誤った欧州知性の終着点
チェーホフ、英国文学、キッシンジャー、ダボス、中国、そして現在の英国。
欧州が中国を見誤り続けた知的破綻の連鎖を、一つの視線で貫く文明論的考察。
チェーホフのカモメについて。 今、プライムビデオで、私が好きな女優の一人であるアネット・ベニング主演の映画「カモメ」を観た。
こういうことだったのかと初めて知った。
理想も、才能も、愛も、静かに窒息していく世界の話だった。
先日、コリン・ファースがヒーローの「高慢と偏見」を観た。
それから立て続けに合計3本の、あの当時の英国を舞台にした映画を観た。
さっき、今の英国は「溺れる者、藁をもつかむ」なのだとの「超越」が訪れた。
私は2017年前後に、貴方たちの窓からは、中国は見えない、という、我ながら見事な警句を書いた。
欧米は、昔から中国を見誤って来た。
近年では、キッシンジャーが日本と米国をあべこべに認識するという重大な過ちを冒した。
その結果が、今の極めて不安定で危険な世界の出現に至っている。
キッシンジャーの過ちに、更に輪をかけたのが、彼の一番弟子であるクラウス・シュワブだった。
彼は中国から大金の援助を得て、すべてが中国を利するためのダボス会議の主催者となった。
似非モラリズムによって、欧州に大量の移民を受け入れさせ、欧州社会を内部から崩壊させた。
植民地主義の権化であり、黒人奴隷によって富を築いたという欧州の過去を、中国は巧妙に突いた。
欧州は、シュワブと中国の策謀どおり、大量移民を受け入れた。
私は、ロンドンも、パリも、イタリアも、何度か訪れている。
だが、今の欧州を訪れたいとは、まったく思わない。
それだけでは飽き足らず、シュワブと中国は国連を事実上支配し、COPを作り、似非気候変動論を世界に広めた。
初代主催者がモーリス・ストロングだった時点で、このとんだ食わせ物に気づくべきだったのである。
そして今、スターマーは、フランスのマクロンと同様に、「溺れる者、藁をもつかむ」状態で、中国を大デレゲーションで訪問した。
英国には、中国の黄砂は飛んでこない。
つまり、彼らの窓からは、中国は何一つ見えない。
中国経済が壊滅状態にあることも、
人心がすでに習近平から完全に離れていることも、
オーウェル的監視国家によって、辛うじて体裁が保たれているだけであることも、
何一つ見えていない。
習近平自身も、実は同じく「溺れる者、藁をもつかむ」状態にある。
だがこの愚劣な演劇によって、かつての大英帝国が自分にひれ伏したかのように、国民に見せることができた。
だから、今回のスターマー首相以下大デレゲーションでの、中国訪問は、習近平の権力維持…国民に対する虚栄の道具になっただけなのである。
言うまでもなく、実は、大変な苦境に在る習近平は、今だけを取り繕えれば、それで良しであることも、スターマー政権は分からなかった。
今回の約束事は、習近平にとっては、お家芸の紙屑以下のものである。
何しろ、1の側近だった人物まで逮捕拘束…残ったのは習近平ただ一人と言っても過言ではない、異様な状態。
つまり、独裁者の末路にそっくりな、明日をも知れぬ習近平が、今日の約束など守れるわけがない。
スターマーは彼の体裁づくりに、体よく利用されただけが実態なのだ。
今の中国に、英国を養う余裕など、どこにもない。
高市首相の至極当然の発言に対して、中国が示した信じがたい反応も、
壊滅的な経済状況と、怒れる国民の視線を反日に逸らすための、猿芝居に過ぎない。
今の中国国民には、かつてのように日本を観光する余裕はない。
せいぜいが、韓国やタイといった、すべてが安上がりな近場の国への旅行が限界である。
日本への観光客が激減すれば、中国経済の窮状が世界に露呈する。
だからこそ習近平は、「日本に観光客は送らない」という猿芝居を打っている。
それに、はるか遠方にある、かつての大英帝国が、まんまと騙された。
この稿、続く。
