ハル・ノートという罠— 近衛の逆襲をかわし、日本を戦争に引きずり出したルーズベルト政権の五、六重の計算 —

ハル・ノートは交渉の帰結ではなく、日本を挑発し、戦争へ引きずり出すために意図的に用意された政治的罠であった。
近衛文麿の巨頭会談要請という逆襲をかわし、ルーズベルト政権は対独・対ソ・対英・対日すべてにおいて一挙五、六得を得る戦略的勝利を収めた。
その過程で、日本側の政治的幼さと判断力の欠如が決定的に利用された事実を、長谷川煕氏の論文を通して明らかにする。

まさに一挙五、六得を、巨頭会談の要請という意表を突いた近衛の逆襲をかわして手中にした。
2016-12-16
以下は長谷川煕氏の論文の続きである。日本国民全員と世界中の人たちが読むべき、これこそ本物の論文である。
文中強調は私。

繰り返すが、ハル・ノートには、それまでの日米交渉の経緯とは無関係の、前出のような、挑発するための挑発のような要求が並べられていた。
善人であるからなのか、外相の東郷茂徳は逆上した。
第三次近衛内閣に代わって10月18日から発足した東條英機内閣で避戦に奮闘していたこの外相が度を失ってしまっては始まらない。
アメリカの凄まじい挑発に日本は乗ってしまった。
近衛・ルーズベルト会談を断わってハル・ノートを突き付けた米政権のその手練れ振りは並大抵ではなかったのだ。

しかし、あの尋常ではないハル・ノートに東條内閣の誰も、外務省の誰も、陸海軍省の誰も、陸軍参謀本部、海軍軍令部の誰も、つまりその内容を知り得た要人のひとりとして、〈何か変だ〉〈何かおかしい〉と感じなかったのか。
何かを意図したとんでもない挑発だ、と見破れなかったのか。
直ちにその内容を発表し、アメリカの異常さを世界に訴えられなかったのか。

日本側にハル・ノートを手交し、まもなく戦争が始まると予言したハルは、日本人、日本政府の幼なさを日米交渉の中でつとに感得していた、と見るべきなのであろう。
ルーズベルト政権は、こうして日本を戦争に引っ張り出せた。
しかも侵略国という汚名を着せ得る形で。

危いところをルーズベルトは、自らもナチス・ドイツを叩いて、自身の政権内に共鳴者も少なくないソ連を、そして兄弟国のイギリスも助けられ、自身は反枢軸国の盟主として輝き、一方で米英蘭に向う南進を日本にやらせ、ソ連を攻める北進を阻む。
まさに一挙五、六得を、巨頭会談の要請という意表を突いた近衛の逆襲をかわして手中にした。

この稿続く。

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