政治家の知識か、国民の肌感覚か— 産経抄が突いた本質 —

産経新聞「産経抄」と芥川龍之介の箴言を手がかりに、政治家の空疎な知識と国民の健全な感覚を対比する。河野洋平発言と朝日新聞の補足報道を例に、日本政治における認識の歪みを浮き彫りにする。

確かに、中途半端で要領を得ない知識・見識を振りかざす大物政治家よりも、国民の肌感覚の方がはるかに
2016-12-24
我が家の庭である嵐山へ向かう列車の中で、親友が、今日の産経抄はとても良いよ、と言って産経新聞を手渡した。
「政治家のわれわれ素人よりも政治上の知識を誇りうるのは紛紛たる事実の知識だけである」。
芥川龍之介は箴言集『侏儒の言葉』の中で、「一政治家」と題してこう皮肉り、さらに続けている。
「畢竟某党の某首領はどういう帽子をかぶっているかというのと大差のない知識ばかりである」。
政治家の知識・見識の質をこきおろしたものだが、小欄はあながち同意できない。
多彩な経験と思索に基づく、政治上の知恵の蓄積というものもあるだろうと考えるからだ。
ただ、時には両手を挙げて賛成したくなることもある。
23日付朝日新聞朝刊に、河野洋平元衆院議長のインタビュー記事が載っていた。
8年前に米ハワイ・真珠湾を訪問した河野氏が、安倍晋三首相の真珠湾慰霊訪問について注文をつけ、自身の訪問時の感想を語っている。
「中国や韓国の人々の間に日本に対する怒りは相当あって当然だと思った」。
旧日本軍による真珠湾攻撃から連想したらしいが、論理展開がまるで分からない。
中国と、当時は日本の一部だった韓国とを並べて論じるのも無理がある。
何を見聞きしても中韓への贖罪意識にとらわれるのか。
河野氏の言葉に関する朝日記者の補足も理解不能である。
いわく「首相に対し、中韓への配慮も暗に求めた」。
激しい戦争を戦った米国との歴史的な「和解」を演出するための真珠湾訪問で、中韓にどう配慮しろというのか。
そもそも日本は韓国と戦争していない。
私は、政治談議を好む市井の「床屋政治家」について、「識見を論ずれば必ずしも政治家に劣るものではない」とも説いている。
確かに、中途半端で要領を得ない知識・見識を振りかざす大物政治家よりも、国民の肌感覚の方がはるかにまともである。

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