明鏡止水という人生基準—恩師と旧友に見た真の人間の価値—

2015年末に記された本稿は、仙台への帰郷を契機に恩師と旧友の生き方を振り返り、「明鏡止水」という言葉に象徴される真の人間の価値を考察した記録である。思想や名声ではなく、誠実に職業と人生を全うする人間こそ最も偉大であると断言する一章。

2015-12-30
たどりつけるのは、(彼等は気づいていないだろうが)、閻魔大王の責め苦に遭うことだけなのである。

明鏡止水

先日、ふとしたことでこの言葉を思った。

完全な音信不通の後に、全くの浦島太郎の様にして、私は、「みんなが、あなたに会いたがっている…」という妹の言葉に背中を押されて、11月14日に仙台に向かう事にした。

それで、あんまりいきなりにならないように、これ以上ない恩師だった先生に電話をした。

これ以上ない人だからだろう、私が、故郷を離れてからの人生で全く聞いたことのなかった声を聴いた。

その翌日、閖上中学から、仙台二高まで一緒だったO君も出席するというから、当日、あんまり話がいきなりになってもいけないと思い、電話をした。
当然ながら少し長くなってしまったのだが、彼の声もそうだったのである。

私は今、激しく確信しているのだ。

先生は教師としての職業を…専攻は数学と音楽だったはずである…全うした方である。

O君は早稲田の政経を出て、父親と全く同じ銀行の、銀行マンとしての人生を全うして、今も現役の実業人として活躍している。

私は日本国と日本国民、或は世界中の人に断言するが、人間で最も偉いのは、かれらのような人たちなのである。

最もダメなのが、歪んだ思想に国民を誘導することに何のためらいも持っていない、私たちが実業の世界で血と汗と涙で収めた税金を、何とも思わずに、共産党の一党独裁国家を助けるために、(そこには自分たちのプレゼンスを高めたいという愚かな思いも当然あっての事だろうが)、30兆円ものODAを平然と与え、従軍慰安婦などという問題をねつ造して、これに飛びついて来た韓国のいかがわしい団体の嘘八百に、平然と1兆円もの税金を払わせようとした、朝日新聞や福島瑞穂、或は、かれらに同調し続けて来た、大江健三郎を筆頭にした、いわゆる文化人たちなのだ、と、私は断言する。

この事については後日に書くが、その差を敢えて一言で言えば、明鏡止水と言う言葉に尽きるのである。

何故なら歪んだ思想は明鏡止水にはたどり着けないからである。

たどりつけるのは、(彼等は気づいていないだろうが)、閻魔大王の責め苦に遭うことだけなのである。

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