唯一無二のジャーナリスト高山正之—世界の真実を照らす筆—
週刊新潮連載「変見自在」における高山正之の論考は、戦後世界において唯一無二のジャーナリストとしての力量を証明するものだ。
マハティール政権期のマレーシアを例に、植民地支配の残滓と国家再建の現実を描き出し、日本と世界の真実を浮かび上がらせる。
日本人のみならず世界の読者が、自らの無知と向き合う契機となる論考である。
今回の論文は、彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであることを、感動的に証明している。
2018-01-25
以下は今週号の週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラム「変見自在」からである。
今回の論文は、彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであることを、感動的に証明している。
まともな頭脳を持った全ての日本人で、この論文を読んで感動しない者はいないだろう。
世界中の人たちは、この論文でも、如何に、世界の真実を知らないかを実感するはずである。
日本なかりせば。
マハティールが政界に出たころのマレーシアは酷いものだった。
国土のいいところは大方が英国人所有で、民の多くは支那人が持ち込んだ阿片の中毒にかかっていた。
彼は12万もの中毒患者を施設に入れ、麻薬売買は死刑とする法律をつくって民から麻薬を抜いた。
首相になると毎年、国家予算の半分を使って英国人所有の土地を買い戻した。
植民地時代の負の遺産はまだあった。
阿片売買で太った支那人たちだ。
彼らは独立後も居座り、リー・クアンユーは本気でマレーシアの支配者になる気だった。
彼らをどう退治するか。
例えばその10年後に南北統一を果たしたベトナムは支那人がため込んだ資産を片端から没収していった。
彼らはカネが命だから船で国外脱出を図った。
世に言うボートピープルがそれだ。
マハティールはベトナム人よりは情が厚かった。
マレー人の国だから支那人を二級市民とするブミプトラ政策をとり、それを嫌って出ていく者のためにシンガポール島を与えた。
リー・クアンユーは1965年8月、泣きながら華人島の独立を宣したが、それはマハティールの温情に涙したのではなく、マレー全体を取りそこなった悔し涙だった。
この稿続く。