言論の自由を踏みにじるスラップ型訴訟—朝日新聞提訴問題の本質

朝日新聞による損害賠償請求訴訟は、批判的言論への威圧として受け止められ、言論・表現の自由との関係が問われている。
吉田調書誤報撤回後の経緯とともに、日本の言論空間における「スラップ訴訟」的構図の問題点を論じる。

しかし、今回、ついに朝日は、この民主主義国家の根幹ともいえる言論・表現の自由を自ら踏みにじった。
2018-01-29。
以下は前章の続きである。
最初の抗議から3ヵ月後の2014年9月11日、朝日新聞の木村伊量社長は、自ら吉田調書記事が誤報であったことを認め、記事を全面撤回し、編集幹部たちの更迭を公表した上で、謝罪した。
かくいう私のもとにも、朝日の執行役員が謝罪にやってきた。
自分の意に反する「論評」に対して、「脅し」で対応する方針を朝日が一見、改めるかに見えたが、私は、それが本当なのか、その後も朝日の行動を注視していた。
しかし、今回、ついに朝日は、この民主主義国家の根幹ともいえる言論・表現の自由を自ら踏みにじったのである。
この手の裁判は、言論・表現の自由を重んじる欧米では「スラップ訴訟」として軽蔑される。
いわゆる「批判的言論威嚇目的訴訟」である。
資金豊富な大企業などの組織体が、一個人を相手取って、威圧、あるいは恫喝といった報復的な目的で起こす訴訟がそれだ。
今回は、小川氏個人だけでなく、出版元の飛鳥新社も訴えているものの、このスラップ訴訟に近いものと言えるだろう。
この稿続く。

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